フェイス, 歴史

四頭の馬の正体は?

プレ・ミレにおけるいわゆる前艱難携挙説はダニエルの聖なる都に対する70週の預言の最後の1週(7年間)の前に教会が携挙されるとする。それは2テサロニケ2:3(1Thess 2:3)の背教(アポスタシー)をデパーチャー(携挙)と解釈し、その後に滅びの子(いわゆる666)が出現するとする。黙示録4:1(Rev 4:1)のラッパのような声の「ここに上ってこい」を挙げられること、つまり携挙とするわけだ。その後、6章において七つの封印が開かれる。その四頭の馬の最初の白い馬に乗る者が666であると言うわけ。

これは現代のアメリカにおいてチャック・スミスやチム・ラヘイなどによって流行する解釈である。これによれば、教会が地上にある間は七つの封印は解かれない。つまり四頭の馬も出現しないことになる。極私的にはこの説には否定的であることはすでに述べている(☞携挙の時期について)。七つの封印は少なくとも最初の四つはすでに開かれてきていると考えている(☞終末預言について)。

根拠は、いわゆる「終わりの日」とは使徒行伝で聖霊の公的な傾注があって後、イエスの再臨までの時代を指すのであり、最後の七年のみを指すのではない。ヨエルの予言もペンテコステの日に成就し終えたのではなく、今も成就しつつある。神の国はイエスの初臨と共に来ており、今われわれの内に来つつあり、いずれイエスの再臨により文字通り地上に打ち建てられる。この3つの時制を理解しないと再建主義の誤りに陥る。同様に、この間において封印はイエスにより解かれつつある。

さて、そこで白い馬、赤い馬、黒い馬、青白い馬の正体であるが、聖書は聖書に従って解釈する必要がある(☞時代を聖書で見る③)。ゼカリヤ書にこうある:

わたしが再び目を留めて見ると、四両の戦車が二つの山の間から出て来た。その山は青銅の山であった。最初の戦車には赤毛の馬数頭、二番目の戦車には黒い馬数頭、三番目の戦車には白い馬数頭、四番目の戦車にはまだらの強い馬数頭がつけられていた。わたしは言葉をついで、わたしに語りかけた御使いに、「主よ、これは何ですか」と尋ねると、御使いはわたしに言った。「これは天の四方に向かう風で、全地の主の御前に立った後に出て行くものである。その中の黒い馬は北の国に向かって出て行き、白い馬は西の方へ出て行き、まだらの馬は南の国に向かって出て行く。」-Zech 6:1-6

注:「まだら(grisled)」は青白いの意味もある。

イスラエルに視点を置き、この幻を見てみると、まずこれらは天の四方に向かう風である。風とは霊、つまりスピリチュアルな存在。黒い馬は北=ロシア、白い馬は西=アメリカ大陸、まだらの馬は南=アフリカ大陸、赤い馬は東=イラン・中国だ。黙示録によれば(Rev 6:1-8)、白い馬は(偽の)福音(個人としての反キリストではない)、赤い馬は戦争、黒い馬は経済破綻・飢饉、そして青い白い馬は死である。この地政学的配置は現代のそれぞれの国の性質を考えれば納得できるであろう。

また時系列的にどうか。白い馬についてはすでに述べているが、当初の福音でもあり得るが、最近ではカトリックを見れば分かる通り、白いコスチュームの元で偽の福音と化したものと考えている。根拠は、これらの四頭の馬はマタイにおけるイエスの予言と対応していると考えるからだ。つまり―

マタイ24:4-5,11,24偽キリスト・偽りの宗教黙示録6:1-2
マタイ24:6-7戦争黙示録6:3-4
マタイ24:7飢饉黙示録6:4-5
マタイ24:7疫病黙示録6:7-8

これらの事件あるいは事象は主の昇天後、二千年にわたって起きてきていることである! 現代においても、程度をさらに増して! かくしてこの四つの封印はすでに解かれてきている。この後開かれる第五の封印は殉教者たちの叫びである。これも現代においてはクリスチャンに対する迫害が激しさを増していることはすでに周知のことであろう。そして第六の封印が解かれると、小羊の大いなる怒りの日に入る。最後の第七の封印の内容が七つのラッパであり、その最後のラッパの内容が七つの鉢の裁きである。黙示録を読むときにこの構造を外してはならない。

時代は確かに聖書預言のとおりの兆候を見せている。地球環境も過酷になり、国と国、民族は民族に敵対し、偽りは蔓延り、愛は冷えている。この中で来るべき千年期と永遠の前味わいをわれわれは経験する特権を有しているのだ。再建主義者が言うような敗北主義ではない。今・ここで、神の国をわれわれを通して現出させること―これがフェイスである。それこそが世に勝利する根拠である(1John 5:4-5)。主よ、来たりませ!

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