フェイス, 異見

「ありのままでイイ」神学は負け犬の教え

ニッポンキリスト教で盛んに言われるのが、これ、「ありのままのあなたが高価で尊い」とか。いい加減目を覚ませよと思うが、あまりにも幼稚なレベルで、すでに苦言を呈する気も失せていた。ところが世の人がその欺瞞性に気がつき出しているようだ。例えばこの記事:

「ありのままのあなたが高価で尊い」云々・・・。これを砂糖まぶしの福音と呼ぶ。ああ、久々に使ったなあ・・・。もっと言おう、これは負け犬のいい訳神学であると。御言葉はそんなことを一言も言っていない。むしろイエス自身が「自分(セルフ)を否め」と言われ(Luke 9:23)、さらにこうあるのだ:

互いにうそをついてはなりません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。-Col 3:9-10

セルフは魂と霊を切り分けられることをもっとも嫌う(Heb 4:12)。よってニッポンキリスト教徒の神経をもっとも刺激するのがこの点なのだ。彼らの反応はある種の狂気を帯びている。反論する者、非難する者はご勝手に、だ。彼らは私に対立するのではなく、御言葉に対立しているだけだ。いずれその結末を自ら得ることになるだろう。

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