いつもの再建主義の富井氏の論。実に面白いのでCLIPしておく。彼の説はアンチテーゼとして研究するに値する。何事もひとつのマトリックスにはまると自分のポジションが見えなくなる。よって常に自分と対峙する「何か」を置いておく必要があるのだ。こうするとそのマトリックスに飲み込まれることがなくなる。聖書の研究も同じこと。

1.

サタン側の攻撃の中心的作戦は、シオニズムである。

シオニズムとは、地球をサタン化することを目的とする「悪魔の国運動」である。

具体的には、イエスを拒否したタルムードユダヤ人たちがパレスチナに戻って旧約の体制、つまり、パリサイ人が支配する邪悪なイスラエルの体制を復活させ、ルシファー教を立て直すこと。

そして、そこから世界を支配し、世界をルシファー教によって統一すること。

この秘密の計画に基づいて世界の人々に対する洗脳が行われてきた。

この洗脳は非常に深いので、脱出することが難しい。

地的イスラエルが復活することはシオニズムの策、すなわちサタンの策略だと。なるほど。

2.

共産主義、左翼、リベラルは、実質シオニストである。

いかに彼らがパレスチナを支援したとしても、実質イスラエルを支援している。

福音派は、実質シオニストである。

いかに彼らがサタンを敵として見ていても、クリスチャン・シオニズムを通じて、実質サタンの支配を拡大している。

タルムードユダヤ人による洗脳を通じて、クリスチャンは、イスラエルを支援するように仕向けられている。

地的イスラエルを支援する福音派はサタンの支配を拡大している?!

3.

紀元70年において旧約の体制が「未来永劫崩壊した」ことが信じられず、再び終末に復活すると考えている。

紀元70年を境に、「ものそのもの」には聖俗の区別がなくなったのに、いまだに酒・タバコなどをタブーとしている。

紀元70年以降の世界において、

「用いる人の心」が邪悪であり、自分の栄光のために使えば、ものは俗になる。

「用いる人の心」が善良であり、神の栄光のために使えば、ものは聖になる。これが、新約時代の経綸である。

これはほぼ同意だが、なぜAD70で区切るのだろうか? 主は十字架による死と復活を通して、旧約を終わらせ、レビ系祭司制度を廃し、モーセ律法ではなく、その上位互換のいのちの御霊の法則により、メルキゼデク系大祭司として今や天地の全権を得て、世界を統治される。AD70は単なる地的イスラエルの崩壊に過ぎない。

4.

人々は、黙示録が終末時代のために書かれていると吹き込まれている。

マタイ24章を「終末預言」と信じるように誘導されている。

こうして、クリスチャンはシオニストの罠にはまって、悪魔の支配拡大を妨害しないように飼い慣らされてきた。

これについてはすでに何度も論じている。ポイントは黙示録がいつ書かれたか。富井氏はAD60年代とするが、その論拠に従って論駁した。仮にAD60年代に書かれたとしても、AD70までに数年しかない。この数年の間に1章から19章までが成就したことになる。教父たちはその成就を証言していないことはすでに指摘した

5.

解決は、心を入れ替えること。

聖霊による完全な支配を祈ること。

そして、深く深くかかった自分の洗脳を解いていただくよう願うこと。

これはほぼ同意だ。心の入れ替えと言うよりはマインド(思い)のトランスフォーメーションだ。あらゆる真理に導いてくださるのは内なる塗油である御霊。外なるロゴスと内なるスピリット。これが共鳴するとき、レーマとして私たちの心に響き、それはまたいのちであり、われわれは生かされるのだ。

結局、富井氏の立場はAD70に携挙が起こり、一度目の「再臨」によりエルサレムが崩壊し、旧約の経綸が終わった。モーセ律法は超民族化され、普遍的な法として国家をも治める時代が新約と言うわけだ。新約ではクリスチャンが神の神殿であるゆえに、エルサレムの地には物理的神殿が建てられるべきではない。地的イスラエルの復興はサタンのトリックであり、真のイスラエルは日本で回復していると。なるほどね・・・・。

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