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再建主義者の「AD70年携挙&再臨説」を論駁する

すでに再建主義の富井氏の論はここでもできる限り正確に紹介し、その論点の難を指摘している。たとえば、「”再臨”が二回ある」とか、「黙示録の書かれた時期はAD60年代」とすることなどについては別の記事 …

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“マタイ28:20の「世の終わり」は法的には紀元70年” by 再建主義者

いつもの再建主義者の富井氏の論、またまた錯綜してきた感があるが、できるだけ理解に努めたい。今回、明確にマタイ28章の「世の終わり」はAD70であると宣言している。これも下にあげておいた私の記事に対する反論かもしれない。 …

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「肉体の死が携挙である」と再建主義者

AD70にジーザスの来臨と携挙が起きたとする再建主義の富井氏の論は先に紹介した。この中で「昇天」とは、つまり「携挙」とは肉体の死を指すのであろうかと疑問を呈しておいた。今回、私の指摘を受けてか否かは不明であるが、次のよう …

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再建主義者はなぜAD70にこだわるのであろうか2

富井氏による先の記事の続編が出ている。 紀元70年に死は滅ぼされた2 新しい主張は何もないが、AD70の主の「空中来臨」により当時のクリスチャンが全員ではないが携挙され、霊の体に変えられて天に生きている、ということのよう …

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再建主義者はなぜAD70にこだわるのだろうか?

いつもの富井氏の記事。どうも私の指摘を意識している書いている感じがあるのだが、まあ、それは不問にしておこう。 紀元70年に死は滅ぼされた いつもどおり、AD70にキリストが再臨された、いや、今回はあえて来臨あるいは臨在と …

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「パーシャルプレテリズムだけが正しい終末論である」と再建主義者

すでに再臨が二回あるとする、すなわちAD70と千年期の後AD3,000年あたりにイエスは再臨するとし、結局のところ都合三回地上に来られることになる同氏の論については論駁し得たと思うが、改めて再建主義の富井氏の論を検討して …