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ブログ・スクリプトをWord Pressにチェンジしました。明日(2017年3月10日)以降、このページは更新しません。新しいブログに移行します。

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Entry

2015年07月

信仰はアイデンティティーから生まれる

信仰は永遠の現在の領域、つまり物理的時空間を超える領域のサブスタンスを、物理的時空間における、今、ここに、現出させることだ。なぜなら、神はアイ・アム(I AM)。神の国はNOW AND HERE。私たちは時間と空間を超える存在。なぜ?キリストとともに天の座(Eph 2:6)いるからだ。天は時間と空間を超えている!その座から、キリストのマインド(1Cor 2:16)によってこの物理的時空間を見るとき、すべては終わっていることが分かる。

DO YOU BELIEVE THIS? 

 

時空間を超える信仰の領域を味わう

今朝の走りはサイコー。今が走りには一番イイ季節だwink

さて、聖書の真理は物理的時空間を超える。昨日の記事で、もしDr.Lukeが逝ってしまったと言うむきがあれば、そもそも聖書が逝っているのだ。

天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。・・・秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。-Eph 1:4-10

ここには時空間を超えた世界と、時空間の中での出来事が啓示されている。Are U with me? クリスチャンが自分の気分や環境などの地的な事象で振り回されるのは、このふたつの世界の違いが理解できていないからだ。すでにすべては完成している。

あなたの目は、まだできあがらないわたしのからだを見られた。わたしのためにつくられたわがよわいの日のまだ一日もなかったとき、その日はことごとくあなたの書にしるされた。-Ps 139:16

ここの「からだ」と訳された単語は"golem"、英語では"substance, yet being unperfect"。つまり「胎児」とするわけ。だが、文脈から見ると、体に限らないことが分かる。私の本質、私の人生、私のすべてが、ことごとく神の書に書かれている。それは神の信仰、すなわちサブスタンスなのだ。これが物理的時空間において時系列的に現出する。ゆえにイエスは「神信仰を持て」と言われた(Mark 11:22)。神は永遠のはじめ(John 1:1)、つまり物理的時空間がまだ造られる前から、私たちをキリストにあって愛により選び、そのすべてを見透されたのだ。私たちの人生とは神の信仰の立証と言える。

信仰とは望んでいる事柄の実体(サブスタンス)であり、見ていない事の立証である。-私訳、Heb 11:1

ウォッチマン・ニーはこれを「霊的に得ること」と「実際的に経験すること」と言っていることは前にも紹介した。霊的サブスタンスを掴むならば、時系列の中でそれが現出するのだ。

私たちがキリストとともに十字架で死んで、キリストとともに復活した。これって、物理的時空間を超えた経験であろう?なんで二千年前に私がいるわけ?昨日の記事に違和感を覚えた人は、この真理を経験することはできない。われわれクリスチャンは物理的時空間を超えた存在だから。自分のマインドを"神"とする人々には決して味わえない祝福があるのだ。これが「秘められた計画」だ。だからパウロはこう奨励している。

どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、理解(原語)の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。-Eph 1:17-19

追記:このメッセージはグッド。信仰はNOW。すでに十字架で成就している真理をNOWとすること。

-God's Power Rests on Truth

FAITHを使え!

水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られたので、宦官はそれから後彼を見なかったが、喜びながら帰って行った。それからピリポはアゾトに現われ、すべての町々を通って福音を宣べ伝え、カイザリヤに行った。-Acts 8:39-40

ピリポはトランスポートされた。これは新約の時代の証言だ。そしてこの現象は今も起きている。

-Instant Transport to China

私たちの信仰は時間と空間を超える。そもそも束縛されていない。私たちの祈りが天に抜けるとき、そこは時間を空間を超えた処。ゆえに弟子たちやダビデやソロモンとすら交わることができる。HOW? もちろん、霊によって、だ。私が12月に見たあの場も霊の領域だ。しかし明確に視覚野に印象が残っている。最初は幻覚なのか、何なのか、かなり戸惑ったことは事実。しかし、古の預言者たちも、新約の聖徒たちも、みな幻を見るときは同じように困惑し、戸惑ったのだ。なぜ?それはスーパーナチュラルだから、私たちはキリスト教の信者ではない。キリストを信じているのだ。すなわちスーパーナチュラルな存在。

天の領域におけるサブスタンスを見て、それに触れるとき、私たちはこの物理的時空間を超えた世界にいる。これがアセンディングだ。そしてそのサブスタンスを地上に現出させること、これが信仰であり、ディセンディング。天は裂かれているが、われわれのマインドが裂かれていない。だからこの天の領域に突き抜けることがほとんどの人の場合、できていない。よって祈りも地上でのあれこれの問題を何とかしてください~と、地上でぐるぐる周りするだけになる。自分のアイデンティティーと居場所を知るべきなのだ。われわれは新創造であり、天にキリストとともに座している!そこは物理的時空間を超える世界。もっとつまづくであろうことを語ると、物理的身体を持って時間を遡る証言もあるのだ!HOW? エノクは信仰によって死を見ることなく天に引き上げられた。そう、信仰によって。イエスは言われたであろう:

信じる者には何でもできる。-Mark 9:23

FAITHを使うとき、すべては可能。これは私が言っているのではない。イエスである。よく聖書をそのまま信じるのは狂信であり、聖書原理主義カルトだとするむきがある。彼らは自分の本性を証明してしまっている。聖書を信じていないのだ!自分のマインドを"神"にして、聖書の力も神の力も知らない者たち。よって土俵が異なるゆえに相手にするまでもない。自分の神に対する不信仰を顕にしているだけだから。聖書は神ご自身の言葉。レーマである。神は語っている、今も。遠藤周作の『沈黙』などは偽りである。問題は私たちどの霊的周波数にチューニングするかにかかっているのだ。終わりの時代、次の預言の成就を見るであろう。

そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。
『神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。
わたしの僕やはしためにも、そのときには、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。上では、天に不思議な業を、下では、地に徴を示そう。
血と火と立ちこめる煙が、それだ。
主の偉大な輝かしい日が来る前に、太陽は暗くなり、月は血のように赤くなる。主の名を呼び求める者は皆、救われる。』-Acts 2:16-21

追記:・・・と書いていると、Dr.Lukeはいよいよだと思われることは重々承知cool

言葉はマターである

 事を隠すのは神の誉であり、事を窮めるのは王の誉である。-Prov 25:2

この邦訳はまったく見当外れだ。私は常々言っている、日本語で真理を理解しようとするな、と。KJVではこうある:

It is the glory of God to conceal a thing: but the honour of kings is to search out a matter.

神はthingを隠し、王はmatterを見出す。共に、昨日のメッセでも語ったが、言葉(dâbâr)である。ヘブル語の言葉は物事であり、マター、特に語り出されたものとして。Strongではこうある:

daw-bawr'

From H1696; a word; by implication a matter (as spoken of) of thing

言葉は実質・本質・形質そのもの、要するにサブスタンスだ(Heb 11:3)。だから内なる神の言葉を語り出すとき、それは物質界に影響を及ぼす。そもそもアダムが造られたとき、チリから構成された(yatzer)体に神の命(chay)の息吹(neshâmâh)が吹き込まれるとき、生きる魂(nephesh)となったのだ。 この命は複数形であり、神の息吹が肉体の命(bios)、霊の命(pneuma)、魂の命(psuche)を生み出した。つまり物理的肉体と霊が相互作用を起こして魂が生じたわけ。かくして私たちが内なる神の言葉を語るならばそれは物理的時空間に何らかの作用を及ぼす。Creative Miracleもあり得るのだ。

神はそのマターを隠される。なぜか?

あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。-Matt 13:11

それを見出すのは私たちの責任。私たちは神の国の王なのだ(1Pet 2:9;Rev 1:6)。神はマターをあえて奥義とされる。それを私たちが見出すことは、実は神にとっては喜びなのだ。求めよ、探せ、叩け、と。今回のメッセでも語ったが、鍵は言葉。特に語り出されたマターにある。これを見出した者は

天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。-Matt 13:44

天の国のマターは秘されている。やばいものを見つけてしまった。あえて隠しておいて・・・。それを見出した者はnever be the same! 一番美味しいところはこっそりと取っておくものだ。

われわれの祈りにはパワーがある

それゆえ、敵はなんとしても邪魔をしたい。この人は元魔術師、サタニストだったラミレスなどもそうだが、あちらの世界を体験的に知っている人の証言は実に参考になる。霊は明らかにわれわれのマインドに関わり、われわれのアクティビティを阻害するのだ。12月以降、あの世界を見せられてから、この霊どもの存在も実にリアルになった。

霊の侵食については昨日のメッセでも語ったが、まことに私たちの戦いは血肉が相手ではない。

わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。 -Eph 6:12

赤い子牛

テンプル・インスチチュートの発表。第三神殿は半年もあればできる、すでにすべては整った・・・・。

 

TODAY'S CELEBATION 【July 12, 2015】

UPしました。

-Kingdom Fellowship Podcast

タイトル内なる神の言葉には創造の力がある

聖書箇所:ヨハネ14:10-14など

7月19日のセレブ

 ・場所:エスカル会館2F会議室
 ・時間:1300-1700
 ・Web:Kingdom Fellowship
 ・Youtube:Dr.Luke Channel

アインシュタインの悲願

 私はただ神がなぜこの宇宙を造られたかを知りたい。世間のことなどはまったく関心がない。-アインシュタイン

私の漢詩の号は一石。これはペテロ的な意味もあるわけだが、実はクリスチャンになる以前に付けたのだ。それはアイン・シュタイン、つまり「ひとつの石」だ。ダビデのゴリヤテに対する一石とか、生ける石として神の家に汲み上げられるとか、石は聖書ではかなり重要な意義を持っている。

アインシュタインはユダヤ人であるから、創造主なる神を追求していた。が、彼の手法は数学で神の創造を記述すること。つまり神に直接触れることではなかった。彼は一般相対論で重力を記述したが、電磁気力と統一することができなかった。量子力学については「神はさいころ遊びはしない」として認めなかった。

現在4つの力が知られているようだが、それを統一的に記述し得るかもとされるのが超弦理論。宇宙のもっとも基本の単位はヒモであり、その振動が素粒子であると。そこに場が生まれ、力を生じさせる。つまりは世界は波動なのだ。それによると世界は11次元、多数の平行宇宙が存在しているとも・・・。

この辺りまで来ると、ほとんどSFあるいはオカルトチックでもある。CERNではヒンドゥー教の神々が祀られていると先に紹介したビデオにあった。つまり、よく科学を知らない輩が、聖書は科学的ではないとか、科学の時代に霊とか言うのは幼稚とか言うが、最先端は逆。まさにオカルトと紙一重なのだ。あのスプーン曲げの清田君も言っていた、魚屋のオヤジが「科学的ではない」と言うのはおかしいだろって。魚の専門家であるかもだが、お前、科学知ってんのか?と。面白い。世の中こんなものだ。

神はあえて善悪を知る知識の木の実を食べて肥大化した人類の知性にチャレンジしているのだ。アインシュタインの野望や超弦理論の挑戦は破綻する。神に対する挑戦だから。神はそんなに簡単に人類の知性にサービスはしてくれない。なぜか?知性は神を知る道ではないからだ。愚かな道、十字架の道、血潮の道、これだけが神を知る道。マインドのトランスフォーメーションの必要性はこれからも分かる。

追記:本日、テンプル・インスティチュートが重大発表をする模様。第三神殿がいよいよか?

 

 

 

魂の場と霊の場

ポンコツになったシュワちゃんの『ターミネーター:新起動(GENISIS)』を観てきた。なかなか終末論的で面白い。中でもジョンがロボット化しており、しかもMRIの磁力線により、粉末と化してしまう場面が興味深い。

CERNの実験についてホーキングが宇宙を破壊する可能性があると警告を鳴らしていることは先のビデオで紹介した。例のヒッグス粒子が消失すると、質量を維持できなくなって、物質自体が崩壊してしまうのだ。そのヒッグス粒子はヒッグス場の波動である。・・・といっても、私は電磁場理論(電磁場の波が光粒子)と相対性理論と量子力学(電子の場)くらいならばフォローできるが、チャームとかアップとかトップ・・・とかになると皆目?だが。

さて、私たちは目の前の机とか、家とか、木々とか、地面とか、こういったものは実に確実なもの、不変なもの、絶対に壊れないもの、永遠のもの、と思っている。まことに「国破れて山河あり」、これがわれわれのマインドにおけるリアリティーだ。と・こ・ろ・が・・・・質量自体が失われることになると、世界は瞬時に崩壊する。多分、ホーキングが心配しているのはこのことだろう。かくしてわれわれの目に見える世界は仮の姿と分かるのだ。聖書はこう啓示している。

 信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉(レーマ)によってフレーム化され(原語)、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。-Heb 11:3

神のレーマ、言葉、つまり波動なのだ。神の波動がこの物質界をフレーム化している。そして言葉によって保っておられる(Heb 1:3)。ちょうど電磁場の振動が電波であり、それがTVやスマホの中にフレーム化されるのと同様。電波は映像にも音にも熱にもなれる。それは電磁場の波動なのだ。この空中にはあらゆる情報が飛び交っている。それを実体化するのが電子機器。素粒子のひとつひとつにも場が定義されている。その場の波動が粒子であり、場がフレーム化されたものと言える。そしてその場は10数種類あるのだが、互いに相互作用をしている。かくして世界は波動と言える。私たちはその波動のあり方をリアリティーと思っているのだ。が、リアリティーは神のレーマ、すなわち神の場における波動である。

私たちの魂と霊も固有の場を有している。人と人が接したとき、なぜか反発を覚えたり、逆に親しみを覚えたりする。緊張感を生じるときや、安心感を覚えるときがある。なぜか?個人の場が相互作用しているのだ。分裂病の患者さんなどはプレコックス感と言われる独特の雰囲気を醸している。まあ、スピ系的に言えば、オーラだ。それぞれの人にはオーラがある。特にマインドにおいてある種の波が起こるとき、それに囚われると、時には不安や緊張、時には思いから発展して思想や信条としてフレーム化される。これが神のみ言葉、つまり神の場と反発するとき、要塞となる。私はこれを霊-感情観念複合体と呼んでいる。敵は私たちのマインドにさざ波を起こすのだ。それを流してしまえば良いが、それがマインドに粘着し、固着するとシコリとして自由ないのちの流れを阻害する。

自分のマインドなどを大切にすることは愚かであると知るべきだ。それは所詮、これまでの人生経験から条件づけされた価値観や世界モデルに過ぎない。それがプライドの根拠となるとき、さらにややこしくなる。哲学や思想、あるいは芸術家などはしばしばその自分の何かを主張したがる傾向が強い。彼らと議論することはほとんど不毛であるし、なによりも疲れる、よって私はある程度までは関わるが、あとはご勝手に、となるわけ。

言いたいことは何か、真理は御言葉であると。私たちのマインドが御言葉によってトランスフォームされるとき、私の魂と霊の場が神の場と調和する。この時、私の内側に展開する事実は神の場の波動となる。完全に神とひとつになれる経験だ。私たちの交わりも思想や価値観や感性とかいったものを"糊"にしているのであれば、その関係はいずれ容易に崩壊する。カネ、もとい、"糊"の切れ目が縁の切れ目。ヒッグス粒子の切れ目は世界の崩壊。私たちの"糊"はただキリスト、そして御言葉のみ。目に見えるものはすべてフェイクである。

目に見えない世界での交わりがまずあってこその、目に見える交わりとなるのだ。その目に見えないサブスタンスを実体化するのが私たちの信仰。それは御言葉の解き明かしでもないし、ましてや自分の御言葉の理解の開陳でもない。NHKの電波を捉えたらTBSが映ることなどないのだ。お互いの信仰を尊重し合おうなどは無知の極み。NHKがフレーム化されるならば、みなが一様にNHKの番組を見ることができる。

要するに問題は、あなたはどのチャネルにチューニングにしていますか?

 

カトリックによる世界統一宗教への道備え

このテーマはずっとここで指摘しているところであるが、次のCLIPはよくまとめてある。SDAのものであるが、彼らの預言解釈には耳を傾ける部分が多々あるのだ。

 

2014/03/12 に公開

これは非常に驚くべき動画であり、驚くべき預言の成就であると思います。

1999年に、ルーテル派がカトリックに戻るという同意書にサインをしたことは知られ­ています。その5年後にはメソジスト派がサインをし、そして今回は福音派の中のペンテ­コステ・カリスマ系クリスチャンが、イエスのもとに一つになろうというフランシスコ教­皇の呼びかけに嬉々として応えています。 

-It Is Now Appropriate To Begin Serious Discussions as to Whether Pope Francis is, in fact, The Antichrist.

見えない世界を見て語り出すこと

これはウォッチマン・ニーの祈り:(Candyさんのブログから)

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

現在、ニッポンは嫌な雰囲気が漂ってきている。安倍氏がヒットラーになぞらえられたりもしている。が、この社会の出来事は表層的なこと。こんなものをいくら分析したり、批判しても何も変わらない。これは霊的領域の事象の現れだから。社会病理や精神病理がどうのこうのと、したり顔の輩もいるようだが、特にクリスチャンの場合、自分の霊的盲目を証明してしまっている。今はカインとアベルの相克の時代と前から言ってきているが、霊的領域を実際に垣間見た者としては、まことにそれが分かる。霊的サブスタンスが社会事象として具体的に現出しているのだ!ああちらの霊のポータルを通して・・・。

わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。-Eph 6:12

個人的祈りでも、国家的祈りでも言えるが、霊的領域を見ること、その領域にあるサブスタンスを掴むこと。そしてそれに沿って、あるいは、それに向かって祈るのだ。そのサブスタンスを掴むならば、この地上でそれを語り出すこと。このとき私たちの口の実が創造される。

わたしは唇の実りを創造し、与えよう。平和、平和、遠くにいる者にも近くにいる者にも。わたしは彼をいやす、と主は言われる。-Isa 57:19

霊から語り出された私たちの口の言葉には創造するパワーがある。もちろん逆に敵を裁き、滅ぼすパワーも、だ。

 

ボブ・ディランのメッセージ

高校時代、ちょっとハマった時期があった。彼のボーン・アゲイン経験についてMC的に語っているが、内容はキチンとしている。

 

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