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Tag: フェイスの覚醒

フェイスの覚醒-われわれこそが真のニューエイジャー

Gregg Braden、ニューサイエンスのパイオニア、ややニューエイジ系ではあるが、この報告は面白い。ガンが3分で消失。カギは「すでに起きた」と信じること。つまりフェイス。ヘブル11:1のフェイスの定義には定冠詞はない。つまり一般的能力、シックスセンスとしてのフェイスであり、それは人類誰もが潜在的に有する能力。それにより時空を超えた領域のサブスタンスにタッチできる。

ニューエイジ系の人の方がそれを実践しているが、キリスト教徒はオツムだけ。いつも言うが、ナントカ神学だの、カントカ主義だの、肉汁の抜けた筋張ったステーキを食わされている。だからパサパサして魅力がない。問題はニューエイジャーと我々の違い、すなわちポータルの違い。彼らはいろいろなチャネルを用いるが、わわれわれのポータルはジーザス。それを通して、【出入り】するのだ。どこと、どこを?

ガンを恐れるな!むしろtake dominion!われわれにはすでに神の国の諸々のカギ(複数形)が与えられているのだ。ジーザスこそが真のニューエイジを開き、われわれこそが真のニューエイジャーなのだから。繰り返すが、恐れ(FEAR)とは、False Expectation Appearing Realだから。実はかつての私は花粉を恐れていた。この時期、外気に当たることが恐かった。そのとおりに苦しんだ。このトリックに気づいたら花粉症は消失したのだ。

最後の霊的覚醒のチャンス

-安倍首相 トランプ氏の勝利にイラ立ちか「話が違うじゃないか!」

この人、どこまでもお子ちゃま。成蹊大だったっけ。ニッポンは米に捨てられ、自立せよ、と言われても、今更どうやって? こんな人をトップに据えちゃうニッポンの国民さまもエライ!政治屋と国民は鏡像関係だから・・・。米軍がいることも実感がないし、いなくなることも実感がないでしょ、そもそも。

タコツボ化、オタク化、カプセル化した社会は外界への感受性を失って、お笑い、SMAP、誰とダレがくっついた別れた、美味しいもの食べたとか、意識は色気と食い気と飾り物だけ。まことに聖書が言う通り、肉の欲、目の欲、持ち物の誇りで煽られるだけ。三島由紀夫はまことに今日を見ていたのでしょう。

教界も「あなたの街のお気軽な教会♪」とかって、この世に身売りして組み込まれてしまって、預言的機能を何ら果たしていないし。しかし、真の霊的覚醒の最期のチャンスかもだが。

Dr.Lukeのワンショット―言葉はサブスタンスまたスピリット

Dr.Lukeのワンショット―マインドの思念と霊のサブスンタンスは互いを生成し合う

フェイスの覚醒―キリストのマインドのアクティベーション

フェイスはサブスタンスを変化・生成する

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この記事、面白い。結論はともかくとして、世はすべからく、マトリックス、つまりVR。

-Is our world a simulation? Why some scientists say it's more likely than not

A swath of technologists and physicists believe that ‘simulation theory’ will be proved, just as it was proved that the Earth was not the center of the universe

コンピューターの発達によりVRがかなりリアルになりつつあり、肌の質感などもこの目にとってはほとんど実物と区別がつかないほどに表現できるようになった。さらに3D化し、音や振動や臭いや風までも再現する映画館もできた。元々大脳はリアルとVRを区別はできない。つまり現実と妄想を本質的には区別できないのだ。例えば、色。これは元々ない!あるのは電磁場のバイブレーション、その波長の違いに過ぎない。それを大脳の神経回路マトリックスにより色が感知される。これをクオリアと呼ぶ。まさに色即是空。

VRもそこに見えているモノや聞こえている音を操作しても無意味。その実体、つまりサブスタンスは0と1のマトリックスに過ぎないからだ。そのサブスタンスのマトリックスを操作すれば、五感に感知できる事象はすぐさま変化する。同様にこの物理的時空間に現れた現象は、別の領域のサブスタンスの実体化なのだ。それを操作する能力、パワーがフェイスである。

われわれの霊における神の霊のバイブレーションが、魂の知性によってデコーディングされ、言語化あるいは映像化されて、それを言葉として表現する時、それは霊から語り出されたレーマであり、霊的領域を動かす。その波動がこの物理的時空間に現実化して現れるのだ。しるし・不思議、スーパーナチュラルな癒しなどはみなこのメカニズムによる。かくして―

目に見えるところは一時的、見えないものが永遠である。義人は見えるところによらず、フェイスによって歩むのだ(2Cor 4:18;5:7)。

Dr.Lukeのワンショット―霊と魂の場

奪われているスピリチュアル・グラウンドを取り戻す

今年はヨベルの年、またシュミタの年である。ヨベルの年には、奴隷は自由となり、負債は消失し、土地も戻される。つまり「GET BACKの年」。年度頭にそのことをメッセージした。

さて、それぞれにおいてはいかがであろうか?いや、自分はまだ失ったものを取り戻せていない;事態はむしろ悪くなっている;どうやってゲットバックすればよいかもわからない・・・。いわゆる聖霊派でやるような念をこめた祈祷によって、「主の名によって命じる、○○よ戻って来い!」と叫んでもあまり効果はない。なぜか?それは霊的グラウンドを取られているから。目に見える五感の領域におけるアレやコレに戻って来い!と叫ぶのは単なる宗教儀式、いや迷信だ。

霊的なグラウンドを、まず取り戻す必要があるのだ。それは、自分の罪、自分の野心、自分の欲、自分の達成、自分の満足、自分の能力などなどを優先した結果、この世の霊や罪と契約を結んでしまっている領域である。そこからは主が排除されている。要するに主以外のものを置いている領域、二心の領域である。祈っても叶えられないとか、癒されないのは信仰がないとでも言うのか、とか叫ぶ領域である。

メッセでも語ったが、このような発言は恐るべき発言であることに気がついていない。彼らは、神は信仰に応えない方であると主張しているのだから。神を真実とせず、自分の信仰、否、自分の「信仰」を真実として、神をむしろ不真実であるとジャッジしているのだ。神は二心の領域においては決して働かれない。

疑わないで、信仰をもって願い求めなさい。疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波に似ている。そういう人は、主から何かをいただけるもののように思うべきではない。そんな人間は、二心の者であって、そのすべての行動に安定がない。-James 1:6-8

神は単一な心の者にご自身を現される(Matt 5:8)。ここはしばしば「心が純粋な者は神を見る」と訳されるが、この単語は”kathoros”であり、「単一」と訳するのがベター。つまり、動機や目的において神のみに占有されていること。つねに神と何かを比較して天秤にかけること、これが二心だ。私たちは問答無用に神のみを選ぶのだ。妥協し、言い訳し、弁明し、正当化している領域―それが敵に取られている領域である。まずその領域を取り戻すこと。五感の領域のもろもろの事物や事象やアレコレは、その結果としてゲットバックする。

神によって心を測っていただこう。そのジャッジに服して、悔い改めにより、新鮮な愛の息吹きを受けよう。

2016年、ヨベルの年またフェイスの覚醒の年

エクレシアって何?

いまさらながらだが、キョウカイなる訳はもう手垢が着き過ぎで、エクレシアと言いたいことは前々から書いている。が、改めてエクレシアって何?・・・よく言われるのは、建物でもなく、教団や教派や宗教団体でもなく、召し出された人々の集合体。確かに、そうだ。

パウロ・・・が、コリントにある神の教会、〔すなわち〕キリスト・イエスにおいて聖められた者たち、召された聖なる者たちに〔この手紙を書き送る〕―私たちの主イエス・キリストの名を、いたるところで呼び求めているすべての者たちと共に―・・・-1Cor 1:1-2(岩波訳)

しかしながら、それは地上の五感の世界のオハナシに過ぎない。エクレシアの霊的定義とは―

この教会はキリストの体、すべてのものをすべてのものの中に満たす方の充満である。-Eph 1:23(岩波訳)

ここを通常の邦語訳では、「・・・満ちているところ」とか「」としてしまう。これがワナである。エクレシアとはキリストの充満である(岩波訳注参照)。つまり、キリストである。See? 

さらにこうある―

なぜならば、からだが一つでありつつも多くの肢体をもつように、また〔逆に〕からだに多くの肢体がありつつも一つのからだであるように、キリスト〔自身〕もまたそうだからである。-1Cor 12:12(岩波訳)

この節を用いて、しばしば、「私たち教会はキリストのからだであるから、それぞれに機能が違っているが、みんなで争わず一致しましょう・・」的な説教がなされる。つまり、キリストは頭であり、エクレシアはそのからだであると。さて、パウロはそう言っているであろうか?

ここをよく読んでほしい。「キリストのからだの場合もまたそうだから」とは書いていない。「キリスト〔自身〕もまたそうだ」とある!前者ならば確かによくキリスト教でなされる説教となるであろう。が、パウロはここでキリストご自身とからだを区別していないのだ!つまりエクレシアはキリストなのだ。これがエクレシアの霊的アイデンティティーだ。はあ?と言われる人にはひとつ質問しよう:あなたのからだは誰か?あなた自身であろう?胴体と首を切り分ける人があろうか?それは死を意味するのだ。それらは同じいのちを共有し、同じ血液によって維持されている。

エクレシアとは霊的かつ宇宙的生命体である。それはZoeそのものであり、われわれはその霊的生命体の中にバプテスマされたのだ。

主に接合させられる者はしかし、〔主と〕一つの霊なのである。-1Cor 6:17(岩波訳)

RWPはこうコメントする-

One spirit (hen pneuma). With the Lord, the inner vital spiritual union with the Lord Jesus

しかもキリストは二千前に十字架につけられたのではない。

 And all those dwelling in the earth will worship him, those of whom the names had not been written in the Book of Life of the Lamb having been slain from the foundation of the world.-Rev 13:8

この「世の基が置かれる時から」を「いのちの書に名前の書かれていない者たち」にかけるのが通常の邦訳であるが、これは「屠られた小羊」にかかるべきである。つまり小羊は世の基が置かれる時からすでに屠られていたのだ!これが時空間を超えた霊的サブスタンス。それが神のフェイスにより時空間の中で実体化されたのがあの二千前の十字架である。霊の世界はこの時空間を超える!フェイスは永遠のNOWの実体化である!すべてはすでに完成していたのだ。これが神のフェイス。ジーザスはそのフェイスを持てと言われるのだ。

フェイスを持て。-Mark 11:22

これは通常、「神に対する信仰」と訳されるが違う。対格ではなく、属格。つまり、「神フェイス」。WOW!!! 神はすべてを語り出すことにより創造された。それはフェイスのパワーだ。イエスは言われた、

わたしが話した言葉(レーマ)は霊であり、またいのちである。-John 6:63

このフェイスに生きる者たち、つまりエクレシアとはキリストの充満そのものなのだ。それはキリストであろう?なぜ?キリストのいのちの息吹を吹き込まれた存在だから。この体(Body)と魂(Soul)はアダム由来であるが、それはわれわれのまことにアイデンティティーではない。われわれは新しい創造、すなわち神から生まれた霊であり、エロヒム属のもの、ヤーヴェ家の一員なのだ。ゆえにジーザスは詩編を引いて言われた―

そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたたちは神々(エロヒム)である』と書いてあるではないか。神の言葉(ロゴス)を受けた人たちが、『神々』と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。-John 10:34-35

ここで、YHWHを「」と訳し、Elohimを「神」と訳したことが罠になると繰り返している。そのままにせよ。神のロゴスを受けた人は、もっと言えば、神のロゴスから生まれた者たち(1Pet 1:23)はエロヒムである、とジーザスが証言したのだ。YHWHは父・子・聖霊なるお方であり、もっとも高きエロヒム。われわれはその神格を共有しないが、同じZoeのいのちを共有するエロヒム属なのだ。

が、YHWH(父・子・聖霊)なる神(エロヒム)は私たちの内に住まわれる。聖霊だけが内住されるのではない(John 14:23参照)。かくして神の霊から生まれた子供、God-OSをインストールされた私たち、つまりエクレシアは神をエミュレートするのだ(Eph 5:1)。キリストは父をエミュレートされた、すなわち彼は自分からは何もせず、父が語ったことを語り、なさることをなした。そのキリストを聖霊が私たちのうちにおいて実体化、すなわちエミュレートする。かくして私たちをとおして、父がエミュレートされるのだ!ゆえにジーザスは言われた-

はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。-John 14:12-14

YHWHエロヒムはこうして自己増殖されるのだ。これこそが神の国の増殖に他ならない。まことにこのとき、

天の父よ、御名があがめられますように。御国が来ますように。御心が天になるとおり、地にもなりますように・・・との祈りが成就するのだ。

Glory be to God!!!

補助輪を外せ―恐れは幻想

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今回のメッセでも語ったが、自転車の乗り始めは補助輪をつける。しかし走ると補助輪は浮くが、つまり二輪だけで走っているのだが、本人は気がついていな い。そこで補助輪を外すと、途端に走れなくなる。なぜ?恐れのゆえだ。実際は補助輪があっても、それは役をなしていなかったのに、いざ外すと走れない。こ れがマインドのなせるわざ。つまり補助輪に頼り、補助輪があるから安心と思っているから。そのマインドのマトリックスにはまっているわけ。が、事実はすで にそのマトリックスを逸脱している。

自転車が走るのは目に見えない物理の法則による。それをつかむこと、あるいはそれに乗ること。ここでマインドのリニューワルが要る。目に見える補助輪で走 るのではなく、目に見えない法則にのること。が、これまで頼ってきた目に見える補助輪がないと怖いのだ。恐れ。それは幻想であるとわかる。なぜ?すでに補助輪は不要になっているのだ。ただマインドが補助輪に置かれているゆえに、それがないと恐れを覚える。

フェイスによる歩みもかくのごとし。目に見える何か、これまで頼りとしてきた対象、自分のアイデンティティーや生存を担保してくれる何か、それがなくなる ことを人は恐れる。が、私たちは目に見えるところによらないで生きる。それはフェイスの法則だ(Rom 3:27;8:2)。何もないようであるが、物理的法則は働いている。霊的法則 も同様。フェイスを使うこと、フェイスに任せること。フェイスを働かせること。

補助輪を外した当初は1m進んでは倒れ、また起きては倒れだ。が、あきらめたらそこで終わる。傷つきながら、何度も繰り返すと、ボディが法則をつかみ覚え る。するとあとは自動的。何の力みもなく軽く走れる。ただこぎ出せばよいのだ。まことにフェイスによる歩みもかくのごとし。なんと安楽なものだろうか。何の労苦も要らない。フェイスを働かせるだけで何でも得られる。神の用意された資源(サブスタンス)はすべて使うことができるのだから。そのためには―

フェイスの覚醒!

Glory to God!!!

サイエンスがようやく認める祈りのパワー

この記事、クリップしておこう-

-祈りが及ぼす患者の回復への影響がアメリカの大学や病院で実験されています

ヘブル11章1節のフェイスの定義には定冠詞がない。つまりそれは視力や聴力と同じ普遍的な能力を言う。

今や、フェイスとは願う事柄のサブスタンス(権利証・土台)であり、見えない事柄を立証(確認・証明)することである。(私訳)-Heb 11:1

「信仰」と日本語で考えてはならない。日本語のマトリックスにハマることなかれ。フェイス、ピスティス。祈りとはスーパーナチュラルにアクセスするための ツール。その祈りは、ヘブル語では"palal"、原義は"to judge"、つまり「裁定すること」だ。祈りは裁定、つまり、永遠の今の領域のサブスタンスを見極めることなのだ。

私たちのアクティベーションされた霊は永遠の今の霊的領域にポータルとして開かれている。神の国が私たちの内側から外側へと流れ出る、いわばホワイトホー ルなのだ。その領域は時間と空間を越える。だから二千年前の事実が今の私のリアリティーとなる。十字架の事実は今、ここにおける霊的サブスタンス、それは 信の祈りによってリアリティーとされる。

フェイスは時空間を超える。祈りはフェイスをアクティベーションする。そのためにはマインドのメタモルフォーシス(トランスフォーメーション)が必要。私 たちはすでにキリストのマインドを持っている。古いマインドを自ら放棄すること、自分の意見とか考えや思想や信条とかを捨てること。それは霊を解放するこ と。祈りとは永遠のNOWにタッチすることである。

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