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Entry

Tag: 医学

心臓に存在するブレイン

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Modern Research Reveals Your Heart Does Have A Mind Of Its Own

心臓移植などでドナーの何かがレシピエントに伝達される現象はよく知られている。好みや記憶などが変わるのだ。聖書では人は体・魂・霊から構成され、魂は知性・感情・意志の機能がある。フェイスはブレインの領域ではなく、心の領域の現象。いわゆる大脳によるマインドで「信じます、信じます」とか「我は・・・を信じず」とお題目を唱えても空振りに終わる。主は言われた、【心】で信じるならば、そのとおりになるであろう、と(Mark 11:23)。

心とマインドの関係はディープ(⇒霊の機能と魂・体の相互作用について)。最新の医学では心臓もマインドを持つことがわかってきた。主は言われた、心で疑うな、と。聖霊はオツムから流れるのではなく、腹から川々(複数形!)となって流れる。実は小腸にも脳があるのだ。そこはセロトニンの宝庫。かくして<オツム⇒心⇒腹>と聖霊は流れる。オツムの空転現象としての神学などに滞留するな。それは単なるマトリックス。

【心】を尽くして主に信頼せよ、自分の【思い】に頼ってはならない。-箴言3:5

「神は彼らの目をくらまし、【心】をかたくなになさった。それは、彼らが目で見ず、【心】で悟らず、悔い改めていやされることがないためである」。-マタイ12:40

 

前線を守れ-イニシャル・ステージを奪われないこと

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ダニエルの3人の友人はネブカデネザルの像を拝む要求に対してこう記録されている-

シャドラク、メシャク、アベド・ネゴはネブカドネツァル王に答えた。
「このお定めにつきまして、お答えする必要はございません。わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、御承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません。」
ネブカドネツァル王はシャドラク、メシャク、アベド・ネゴに対して血相を変えて怒り、炉をいつもの七倍も熱く燃やすように命じた。-Dan 3:16-19

かつてのニッポンキリスト教では、天皇の臣民として、自己を否み、自分の十字架を負って、八紘一宇、大東亜共栄圏の建設に邁進すべしと日基の統理がアジり、柏手を打って、ご丁寧にゼロ戦まで奉献した。表向きは世に倣っても、心では主を信じていればよいではないか、との姿勢だ。これはもっとも敵が好む自己欺瞞。敵のアクセスポイントとなる。

この3人のユダヤ人は明確に否定した、言葉を発音して。これがカギ。病気に対して、我々は医学の診断をいわば信仰するほどに現代人は医学を奉っている。だから医師の診断が怖い。いわゆるインフォームド・コンセントと称して、丁寧に説明してくれる医師が良い先生だとの見方が万延しているが、これがワナとなる。知識などはネットを探せばいくらでも得られる。逆にそんな知識を得たところでどうするわけ?医師の診断と説明をそのまま受け入れることにより、偶像礼拝を行うことになるのだ。

その場面で、医学的事実は事実として聞くが(それを否定するとクリスチャン・サイエンスの罠に落ちる)、同時に明確に言葉によって「イエスの傷によって癒された」と語り出すこと。これがイニシャル・ステージの防御線だ。ここを捕られると後がけっこう大変になる。その奪われた霊的領域をゲットバックするのが困難になるのだ。医者に向かってそんなことを言えば、不興を買うかも知れない。それは敵の幻惑。

人を恐るならば恐怖の罠にかかる。主を信頼する者は高い所に置かれる。-Prov 29:25

ここを守る必要がある。はっきり言えば、医師の歓心を買ったところで彼らは助けてはくれない。彼らは単にルーチンの仕事をしているだけ。だから彼らは保険を掛ける。深刻な診断を出しておいた方が彼らにとって安全なのだ。かくしてこの前線をイエスの血と証の言葉によって勝ち取ること(Rev 12:11)。語り出された言葉は霊的領域のサブスタンスを変化させるパワーがある。霊的雰囲気を一変するのだ。

それは戦場のフロントライン。言葉を出すこと、語り出すこと。「心で信じていれば・・・」は足りない。告白すること、これは必須(Rom 10:9)。今回のメッセでも語ったが、保険をかけないこと。逃げ場を用意しておかないこと。ただ神のみ!これがこの3人のフェイスだった。そして真実な神は彼らを七倍の火からも救い出したのだった。Glory be to God!

■注意:私は医学を否定・拒絶せよと言っているのではない。それは一般恩恵であり、フェイスの有無とは関係なしにそのメリットを享受できる。それに服するな、むしろそれを利用せよと言っている(⇒参考)。世のものは、カネも含めて、すべて神の栄光のために利用するのである。ただし、それに埋没し過ぎるな、誤用するな、とパウロは警告している(1Cor 7:31)。(⇒参考:ガン健診結果の読み方また医学的診断のみでなく、マインドに去来するアイデア、思いなどもすべて同じ。御言葉に反するものを入口で拒絶すること、すべての思いをキリストに服させること(2Cor 10:5)。

CLIP:ガンには光で対抗!

カギはここでも光。光に当たることは、霊的にも肉体的にもグッドなのだ(⇒ソース)。

光でがん細胞を退治、全身転移にも効果 マウスで成功、3年後には人間にも治験

   人体に無害な光の近赤外線を当て、がん細胞を攻撃する免疫システムを活性化させ、がん細胞を退治する治療法の開発に米国立衛生研究所の小林久隆研究員らが成功した。

   まだ、マウスの実験段階だが、1か所のがんを治療すれば、遠くに転移したがんも消える画期的な効果があるという。米医学誌「サイエンス・トランスレーショナル・メディシン」(電子版)の2016年8月17日号に発表した。

がん細胞のボディーガードを光で死滅させる

   本来、異物であるがん細胞から体を守る免疫システムの中には、誤って健康な細胞まで攻撃しないようにブレーキ役を務める細胞がある。「制御性T細胞」と呼ばれる細胞だ。がん細胞が体の中で増殖するのは、この制御性T細胞を自分の周りに集め、免疫細胞の働きにブレーキをかけるガード役にするからだ。

   研究チームは、がん細胞が免疫の攻撃から自らを守る仕組みを壊すために、ガード役の制御性T細胞を破壊することを考えた。光を受けると発熱する特殊な化学物質を、制御性T細胞に結びつく性質がある抗体と結合させた薬を作った。そして、肺がん、大腸がん、甲状腺がんを発症させた計70匹のマウスに薬を注射し、体外から近赤外線を当てた。すると、光によって化学物質が発熱、制御性T細胞が死滅し、約1日ですべてのがんが消えた。ガード役が消えたために、免疫細胞ががん細胞を攻撃したからだ。

   また、1匹のマウスの体の4カ所に同じがんを発症させ、1か所だけに近赤外線を当てると、すべてのがんが消えた。光を当てた箇所でがん細胞を退治した免疫細胞が攻撃力を増し、血液の流れに乗って他の箇所のがん細胞を攻撃したからとみられる。この治療方法の大きな利点は、近赤外線が人体に無害なことだ。研究チームでは「全身のがんを治療できる可能性がある。3年後には人間で治験(臨床試験)を始めたい」とコメントしている。

医療と言うマトリックス

ガン健診結果の読み方

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-がん検診は99%が「誤診」?意外と知らないデータの真実

検査結果の読み方:これはベイズ統計の基本でして、がん検診で陽性と出ても悲観する必要がないのです。このリンク先にある表から次のような結果となります。

いま、「陽性とされた条件の下で実際にガンが発生している確率」をP(ガン|陽性)と書きますと、条件付き確率の定義により、

P(ガン|陽性)=P(ガン ∩陽性)/P(陽性)=(782/431899)/(40735/431899)=782/40735=0.019...

つまり、なんと1.9%

この記事では感度となっている数値は、「ガンがある人が陽性とされる確率」つまりP(陽性|ガン)でして、これは93.2%です。しかしこれは検査を受けた人には重要ではありません。重要なのは前者の確率、つまり陽性とされても実際にガンがあるのは2%!!!

無意味に慌てふためかないようにしましょう。まして変な風にいじられてしまうと、むしろそれで悪化させてしまうケースが多いのです。要するに

恐れるな!!!

 

癒される人・癒されない人

この厳粛な差は何によるのであろうか?

すべての人を偽りとしても神を真実とせよ。-Rom 3:4

本日、ガンを患っておられたある方が召されたと連絡をいただいた。半年くらい前に癒しを祈ってほしいと言って来られた。かなり前の原発ガンの再発ガンで、すでに末期状態にあったが、お話を伺ってとにかく共に祈った。昔の私はそのような関わりは避けていたが、今はとにかく逃げることはしないで祈る。私はいわゆるフェイス・ヒーラーではないし、かつては癒しのフェイスもなかったのだ。とても主に対して開いている方で、忠実に祈られた。兄弟姉妹と共に手を置いて祈ったりもした。手を置いた際、主の愛が迫り、主がこの方に触れたいと願っておられるのはよく分かった。

が、極私的には腑に落ちない感覚が残ってしまった。手ごたえがないのだ。何かが抜けない。先に紹介した末期ガンが癒された老婦人の場合、ガンの霊に対する明確な手ごたえを感じ、癒されたことが分かった。今回はそれがなかった。ある姉妹に、状況を聞かれたとき、首をかしげてしまった自分をいぶかしがった。癒されたと言い切れない内的感覚に自分自身が当惑していたというところが偽りのない本音だ。マシュマロに向かっているような、ざるに水を入れるような、あるいは自転車のスタンドをしたままペダルをこぐ感覚だった。このもどかしさは何なのだろう?

あるときには強い不安に襲われて急遽電話して来られた。その際は恐れの霊に向かって命じたところ、ああ、心が温かくなり、楽になりましたぁ、と脱力したように言われた。霊に対する手ごたえを私も感じた。それが私との最後の会話となってしまった。その後もずっと気になっていたが、先に感じた違和感はそのまま残っていた。実は理由が不明のまま、今週はブログを書く気持ちがまったく出なかった。が、本日、それが明らかになった。その方は主治医から余命3カ月と宣告されて、もの凄い恐怖感に囚われておられたと言うのだ。その恐れを無防備に受け入れてしまっておられたのだ。それはちょうどピストルを向けられて手を挙げてしまった状態と言える。つまり恐れにサレンダーしてしまっておられたのだ。これが手ごたえのない理由と分かった・・・。結局、主治医の宣告どおりの結果となってしまった。

その最期の時期に少しでも関われたことは主の配剤であると思うが、極私的には非常に悔しさを覚えている。私自身、もっと徹底的に恐れの霊と対決すべきであったと感じている。ガンの発生は事実ではあるが、決してサイエンスの診立てを無防備に受け入れてならない。恐れの霊はそれをチャネルとして侵入する。一度侵入を許すと追い出すのは非常に困難になる。特にガンのような目に見え、感覚に訴える、明確な症状がある場合、サタンはそれを証拠として執拗に突き付けてくる。イエスの十字架の効力を否定するために・・・。現象は事実(Fact)だ。しかし、それは真理(Truth)ではない。真理は、イエスの打たれた傷により私たちは癒されたのだ(1Pet 2:24)。

この方は激しい痛みに責め苛なまれておられた。それに対するオピオイドの副作用、加えて放射線による神経の損傷が原因の腕のマヒにも苦しんでおられた。私たちの肉体はガンダムスーツのようなもの、いずれ誰もが脱ぎ捨てるものではある。これをわがフェイスの欠如の言い訳や自己憐憫としたくはないが、この方もその物理的なスーツの苦痛からは解かれて、今、主の御元で休んでおられる。今はただ、ご家族の上に聖霊による平安と慰めがあることを祈る次第です。主を賛美します。

二種類の祈り

Dr.あいこ氏、この方についてはつい最近知ったが、実に興味深い。クリエイティブ・ミラクルも当たり前に経験されている。要するにオペで切除した器官が改めて創造される現象。この方、いわゆる聖霊派の人ではない。数学と原子物理学を経て、AIの研究をペンタゴンで行っていたサイエンティスト。このクリップ、チョーおススメ!

三つのブレイン

昨日発見した原子核物理とAIのDr.あいこ氏がきわめて興味深い知見を述べている。この三つのブレインはなるほどだ。要するに大脳以外にも、心臓と小腸には多数のニューロンが占めており、記憶も行われているというわけ。私は知的な理解は大脳であるが、感情や情緒経験は内臓感覚として経験すると言ってきているが、これをさらに進めているわけ。よく心臓移植をするとドナーの記憶や性格がリシピエントに伝達されるとの報告があるが、これもなるほどとうなづける次第。

まことに精神と身体は同期しつつ機能するわけで、さらには霊が関わるわけ。それは霊と感情と観念が複合した存在、霊感情観念複合体である。これはサブコンシャスのレベルにあって、人の意識層に影響を与える。そして神経症や精神病などの症状を生み出すのだ。加えて外部から霊がちょっかいを出す。人は知らずして外部と内部から霊的に支配されている。これが聖霊のデゥナミスの流れをブロックするとき、身体の癒しが阻害される。これゆえに私は『霊精神身体医学』を提唱しているわけだ。

要するに神学者の空理空論ではなく、この五感の世界と霊的領域のリアリティーの中に生きること、これがフェイス。しかも霊的領域のサブスタンスはすでにイエスの贖いによりすべて備えられており、あとはフェイスによってそれを実体化するだけ。われわれ義人はこのサブスタンスの実体化、すなわちフェイスによって生きるのだ。逆に言えば、フェイスによらないものはすべて罪。このとき、クリエイティブ・ミラクル(切除した乳房の再生など)も当然のことと言われる。

付け加えると、Dr.あいこ氏は「神性は御子のうちに宿っており、その御子が私たちのうちにいますゆえに、私たちは神性を内側に得ている」と言われる。私も、私たちの霊は神の霊を分け与えられたものであり、霊こそが私たちの真のアイデンティティー。ゆえに私たちは神である、と言っている。私たちが神になるのではない。すでに神なのだ。Godlinessのミステリーとは、肉を通して神が現れることだ(1Tim 3:16)。

イエスは内なる父の言葉を語り、父のなさることを行った。自分からは何もできないと証言されている。彼は人としてすべてを行われたのだ。これは私たちも同じ。内なる神のバイブレーションを言語化あるいは行為化するとき、それは内なる神のわざをこの物理領域に現出させる。

信じる者はわたしと同じわざを行い、さらいに大いなるわざを行うであろう。それはわたしが父のもとに行くからである。-John 14:12

これは一部の人々を刺激させるかもしれないが、空疎な理屈をこねくり回す神学者などではなく、理系の訓練を受けたサイエンティストが用いられる時代なのだ。Dr.あいこ氏のような方が出現されたことは実に大いなる励ましである。

本日の証-ポリープ消失!?

あるご婦人の息子さんが会社の検診で胆嚢に4.8mmポリープが見つかった。彼はガンかも知れないとビビっていたそうだが、彼女はイエスの名によって消え去るように命じた。精密検査のために別の病院でCTなどを撮ったところ、医師が写真を見て困惑、何もないですね・・・と。しかも息子さんは会社で微妙な立場にあって孤立していたのだが、なんと部長から昇進の内示が出たと・・・。彼は退職を考えて、別の会社訪問もしてたのだ。

はあ、いったい何が起きたのでしょうか・・・・。主のわざがなされるときはいつもキツネにつままれたような感覚を覚える次第。

 

フェイスと医学

今週のメッセを聞かれた方から抗議をいただいた。Dr.Lukeは医学博士のくせして医学を否定するのか、とのご趣旨だ。どうもこの癒しの問題については、こういったエキセントリックな反応が出る傾向があるようだ。私は今回の著書『神の新創造-聖書が啓示する自然法則を超えるマインドのパワー』でも書いている。フェイスと医学は対立するものではないと。医学はだれもがその恩恵にあずかれる一般恩恵。フェイスは特別恩恵であると。癒しのフェイスがないのであれば、いくらでも医学の恩恵に与ればよろしい。

・・・と、言うと、またキリスト教徒のプライドを刺激するのだ。あなたは私に信仰がないというのか!と。そのとおり。ない。だから癒されない。ならば医学的治療を受ければよろしい。別にそれは罪でも何でもない。一般恩恵であると何度も繰り返している。ただし、カネと時間と労力、時には苦痛を代価として求められるが・・・。

どうも、下にも書いたが、信仰という概念の罠に落ちている。<医者にかかる=不信仰=罪>と自分で勝手に考えているようなのだ。ローマ書14章をよくよく読んで欲しい。

しかし、疑いながら食べる者は、信仰によらないから、罪に定められる。すべて信仰によらないことは、罪である。

パウロは明確に言っている、何を食べても良いと。しかし、疑いながら食べれば罪だと。Are you with me? あなた自身が<医者にかかる=不信仰=罪>と信じているから、医者にかかることが良心に咎めるのだ。パウロも私もなんら咎めていない!しばしばこういった主張をする人々は自分の"信仰"にプライドがあるのだ。癒しのフェイスがないことを認められない。そして自分の"ものさし"で自分を裁いている。要するに、鏡を見て、憤っているのだ。

繰り返すが、フェイスは条件ではない。フェイスは願うことのサブスタンス、目に見えないことの立証(Heb 11:1)。それは自分から絞り出すものでもない。自分の何かと勘違いているゆえに、ないと言われると憤慨する。フェイスは生来の私たちにはもとよりない。それはシックスセンス、外来的に聖霊により与えられるもの。自分にはないことを認め、単純に求めればよい。求める者にヘビやサソリを与える親があろうか、と父なる神は言われるのだ。その意味で求めないから与えられないのだ(James 4:2)。プライドのゆえに・・・。

私は癒しのフェイスはまったくなかった。だから親しい友人を何人もガンで失った。癒しに関してはプライドも持ちようがなかった。だから求めた。すると与えられた。単純だ。現代において癒しがあるかないか、すべての人が癒されるのか、病気は神が人格の陶冶のために送られるのか・・・。そんな面倒なことを考える合間に、求めよ!だれだって癒されたいであろう。健康でいたいであろう。長生きしたいであろう。フェイスは願うことのサブスタンス、目に見えないその立証なのだから。まことに神の国は幼子のものである!

追記:これもある種の人々を刺激するであろうが、あえて。要するに二心だから与えられないのだ(James 1:6-8)。

トラウマ経験は遺伝する

ゲラを本日提出する。修正しているとキリがなくなる。娘を嫁に出すような気分でもあるが・・・。

そのテーマは神の新創造。私たちはニュー・クリーチャー。ネオ・ホモ・サピエンスだ。ホモ・サピエンスの始祖アダムとエバの不従順によって人類に入った罪、単数形のSin(いわゆる原罪)は私たちの肢体に住んでいる(Rom 7:17)。私たちは自分の自由意志で生まれたのでもない、しかし罪を継承してしまった。なんという不条理。諸々の罪(sins)を犯す以前にすでに罪人なのだ。

神学的にはアダムとエバの原罪が私たちの体に継承されるのか否か、いろいろ議論があるようだが、いつものとおり神学などは空論。最近の医学的研究によると、ホロコーストの経験者の子孫はそのトラウマを遺伝子レベルで継承しているとの結果が出ている。通常、生物学では獲得形質は遺伝しないのだが、どうもトラウマ経験はDNAを変化させているようだ。

-Holocaust exposure induced intergenerational effects on FKBP5 methylation

Conclusions
This is the first demonstration of transmission of pre-conception parental trauma to child associated with epigenetic changes in both generations, providing a potential insight into how severe psychological trauma can have intergenerational effects.

人類のもっとも悲惨なトラウマはエデンの園を追い出されたこと。これはDNAレベルで継承されている。逆に言えば、その系列に死んでしまえば、キリストの義をも継承する。キリストの祝された生はDNAレベルでも継承されると言える。私たちは遺伝子レベルで、文字通りに新人類(ネオ・ホモ・サピエンス)とされたのだ!問題はそのキリストの遺伝子が発現するかどうか。昨日のメッセでも語ったが、自分がいかなる存在であるかを知り、その権威と能力を見出すプロセスがメタモルフォーゼ、トランスフォーメーションなのだ。映画『ルーシー』の例を紹介したが、ある意味この映画はわれわれの経験を描いているとも言える。

先に国連で45分間の死の後イエスによって蘇らされた牧師が証言したケースを紹介したが、その際、心臓病の遺伝子が取り除かれていたのだ。DO YOU BELIEVE? クリスチャンとはいわゆる良い行いをするとかしないとか、善良な市民になるとか、いわゆる謹言実直、ホーリネスの牧師さまのようになるとか、そんなレベルのことではない。私たちはネオ・ホモ・サピエンスなのだ。キリスト教という宗教から解かれよ!それは実に生命現象そのものなのだから。

もっとも悲惨なことは、自分がどのような存在であり、どのような権威と能力を有しているか、神が私たちに用意された富がどれほどのものかを知らず、あるいは知っていはいても、その発現を見ることなく、人生を送ることであろう。人として、ホモ・サピエンスとして・・・・。私たちは「醜いアヒルの子」なのだ。

どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と啓示との霊をあなたがたに賜わって神を認めさせ、あなたがたの心の目を明らかにして下さるように、そして、あなたがたが神に召されていだいている望みがどんなものであるか、聖徒たちがつぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか、また、神の力強い活動によって働く力が、わたしたち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなたがたが知るに至るように、と祈っている。-Eph 1:17-19

神による癒しと医学

先日のメッセを聞かれた方からの質問。

Dr.Lukeは医学を否定するのか?

どうもニッポンキリスト教はこういったレベルの質問をしたがる人がいるようだが、あえて回答すれば、否、です。医学は一般恩恵として信仰の有無によらず誰でも、カネさえ払えば、最新の医学を享受できる。対して、神の癒しは特別恩恵。これは信仰が必要。ある種のスーパーパワーとしての癒しの賜物によれば、受ける側に必ずしも信仰がなくても、癒しは起きる。

問題は、医学を神よりも権威あるものとすること。医者の診断を御言葉よりも高く挙げること。最近では医者を二股かけて、いわゆるセコンンド・オピニオンを求める傾向もあるが、「先生にみなお任せします」は賢い患者の姿勢とは言えない。FBで有名な内海聡医師(ご自分で「キチガイ医」と自嘲気味に自称している)も抗がん剤が元々は毒ガスのイペリットから生成されたものであり、ナースは防護服を着て扱うシロモロであるとか、厚労省の役人も猛毒であることを認めていることなどを暴露している。最近では病院に行くと殺される、とまで・・・・。

まあ、医者としては患者が何かを訴えてきたら、それなりの診断名をつけて「安心」させてやる必要があるのだ。診断名をつけたら、治療が必要なわけで、もっとも手軽なのがクスリ。かくして製薬会社と医療機器企業、そして大学、学界、加えて官界・政界の医学村ができているわけ。今、もっとも儲かるのが抗がん剤なのだ。ちなみに、かつて東大内科の名医と誉れ高い冲中教授が退官するとき、教授在任中誤診率を公表したことがある。その数字は、14.2%!これに対して、素人は、ええ、そんなに高いの!?と驚き、専門家は、ええ、そんなに低いの!?と驚いたという逸話が残されている・・・。

信仰が持てないならば、どんどん一般恩恵としての医学に頼ったらよろしい。極私的にも、かつては、祈る前にさっさと病院で検査してもらえというスタンスであったし、メッセでもそう語っていた。が、今は、まず祈る。医学によるにせよ、名医に導かれるようにと。これは摂理による神の介入。対して神の癒しは直接的介入なのだ。すべてはあなた次第。Xさん、これでよろしいでしょうか?

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