神の愛顧に留まる幸い
著書でも述べたが、神の介入の仕方は二通りある。ひとつは摂理による介入。出会う人、出来事、些細な会話などを通して導きをしてくださる。もうひとつは直接的介入。いわゆる奇跡だ。自然法則を一時停止あるいは超えて神が御業をなさる。いずれにしろ神はこの物理的時空間に働きかけるお方なのだ。
極私的には、自然科学系の人間なので、創造主なる神は一度創造されたら、あとは自然法則に任せて、自然界や人間界をはるか遠くの御座から眺めているだけ、というスタンスだった。だからなかなか父なる神の心がわからなかった。しかし、最近、うれしいことに、父なる神がどのようなお方なのか、メッセでも語っているとおり、これが実に迫るのだ。
天は裂けている。そこから父なる神はイエスに対して「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ」と言われたが、同時にこの言葉は私たちに対しても語られている。ルカ15章にあるように、まだ遠くにいる弟息子に走り寄るお方なのだ。今回もその父の顧み(favour)を経験させていただいた。Stay in God's favour。これは実に幸いなことだ。Glory be to God!