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Dr.Lukeの一言映画評―『復活』

ハリウッドにジーザスをテーマにした作品が多々あるも、この視点からの描かれたものはないかもだ。復活が意味すること。人は死者の復活というこれまでのパラダイム(マインドの構築した世界観)に反する事態に対して、いかなる反応をするのか。すでにジーザスは復活した。この事実を妄想とするのか、偽りとするのか、それとも自分のパラダイムを否定して事実とするのか。要するに福音とは、自己を否むこと、自分の十字架が要求されるのだ。

しかし、復活は単に事象としての奇跡で終わらない。ただ単に「われはキリストの死と復活を信ず」と唱えても、それは宗教に過ぎない。が、神はキリストの死と復活により新しい創造を生成した。神は新人類、すなわち新生命体(ニュークリーチャー)を生み出したのだ。そのわき腹から流れた血と水、そして聖霊によって新しく生み出された存在、つまりエクレシア。エクレシアとはキリストの充満(Eph 1:23)。邦訳によくある「キリストが満ちておられる”ところ”」ではない。キリストご自身の充満!それはキリストのいのち(Zoe)そのもの、新生命体だ。

キリストは復活された週の最初の日の晩に弟子たちに現れ、ご自身の息を吹きかけて言われた。聖霊を受けよ、と。それは復活のいのちそのもの。アダムは神の息を吹き込まれて生ける魂とされたが、弟子たち、つまりエクレシアは第二の人類の初穂であるキリストの息を吹き込まれ、そのいのちの充満とされたのだ。これがニュークリーチャー。われわれも時空間(五感の領域)を超えて、キリストと共なる死と復活にあずかり、その新しい生命に参加させられている。十字架は単に歴史事実だけではない。神はすべてのみわざを永遠のNOWにおいてなされる。なんというミラクル!ハレルヤ!

わたしたちはバプテスマによってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。-Rom 6:4

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