世界モデル(ブリーフシステム)の根本的変革

人は赤ちゃん脳から成長するにつれて、外界を認識し、世界の諸要素の間の関係を理解しつつ、世界のモデルを構成する。これが私たちのうちに構築されるマトリックスだ。そしてこの世界モデルに従って、現象を認識・評価・判断して、時々の事態に対応するのだ。このマトリックスの最大公約数的部分がいわゆる常識と呼ばれるものとなり、地域や国家の中で共有される。これから外れると、「変な人」とか「アスペルガー」とされるのだ。

そこで五感に基づく物理的時空間のみに生きる場合、たとえばガンになると、原因はDNAの損傷あるいはコピー不良により、病的タンパクが作られ、制御不能になって、全身に散って、正常臓器を損傷し、ついには死に至ると考える。よってそのがん細胞を殺すために、外科的処置、化学あるいは放射線治療と考える。これは物理的時空間で構築されたマトリックスによる。

が、五感の領域ではなく、霊的領域に生きるジーザスはそうは見ない。病気は霊から生まれると知っている。spirit of infirmityだ(Luke 13:11)。だからその霊を叱る、あるいは呪う。すでに十字架においてあらゆる霊的存在は武装解除され、晒し者にされている(Col 2:15)。それらの霊には私たちの身体にアクセスする何らの権利も力もない。が、こちらが彼らにポータルを開いてしまうのだ。ちょうどハッカーが無防備に開いているポートをスキャンし、そこから侵入するように。

そのポータルは、例えば、人を恨み続けるとか、時には神を恨むとか、嫉妬や妬み、あるいは自分の経験やスキルを神の言葉以上に置くこと、つまり不信仰などだ。サタンと悪霊はそこに足がかりを得るのだ。その霊が侵入すると、この物理的身体と相互作用を起こす。元々、土のチリからボディを作られ、神の息吹を吹き込まれて魂が生まれたように(Gen 2:7)、この物理的存在と霊は相互作用をする。だから癒しの言葉で実際に体に癒しが起きるのだ。

つまり聖書の啓示するリアリティーは、霊と物質界とのダイナミクスによって、この物理的時空間におけるもろもろの事象が生じては消え、消えては生じるとするのだ。神とサタンと人間の三角関係のダイナミクスに置かれているのがわれわれ。天を変えることが出来れば、地は変わる。だから祈りの意義がある。

祈りは天のサブスタンスを生み出し、育て、この地に運び下ろす。マインドがこの聖書的世界観とダイナミクスモデルに従って組み替えられるほどに、天の権威を用いることが出来る。私たちはすでに天の座に座している存在なのだ(Eph 2:6)。そこから地へと語り出すこと。問題に出会うとき、それをあれこれ分析するのではない。主は言われた、山に命じよ、そして信じているならばそのとおりになる、と(Matt 21:21)。

これがアベルとセツの道。すでにそのための血の代価は完全に払われた。また備えも必要にして十分。否、あまりある。あとは私たちの応答、すなわち信仰次第なのだ。自分は水の上を歩くつもりはないなどと開き直るのではなく、ペテロのように、主よ、お語り下さい、と率直に求めるべきなのだ。神の言葉が一言あれば、私たちも水の上を歩き、山を動かし、実のならないいちじくを枯らせ、ガンも消滅させることができる。まことに

神の語り出された言葉(レーマ)には不可能はない。-ルカ1:37(原文)

悔い改めとか自己を否むの真の意味は、五感のマトリックスに従って生きることを否むことである。「自我を砕き~」の宗教から解かれる必要があるのだ。御言葉の啓示する世界こそが永遠のもの、そして真理・リアリティーである。ジーザスにとっては死よりも父の言葉がリアルだったのだ。まことに

草は枯れ、花はしぼむが/わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。-イザヤ40:8

 

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