フェイス-世界を欺く者のマトリックスからの解放

この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。-John 12:9

世界、この世、コスモス。神から切り離された人類が自分で自分の生存を担保するために構築してきたシステム(⇒「この世」について)。創世記でアベル(気息)が殺され、セツ(備え)が備えられ、神の救いの系譜はセツ系に繋がる。が、カインはエノクを生み、その名をとって街をレンガで作った。レンガ、つまり人の労苦の象徴。エノクの子孫のヤバルは家畜を買う者、ユバルは音楽を奏でる者、トバルカインは青銅や鉄を鍛える者となった。要するに社会を構成する、食料、娯楽、技術の祖先である。

現代は自然科学によるネットワークが広く張られ、人々はいわゆるサイエンス教徒となっている。五感によって数値化できない現象はすべて排除され、帰納法による世界観(ブリーフ・システム)のみが真理であると人々は思い込まされている。メッセでも語ったが、ガンの生存率曲線に基づいて治療法の効果が測られる。そこで患者のQOLはほとんど考慮されない。放射線の当て方が悪くて神経を痛め、腕が動かなくなることも当然とされる価値観。マインドが完全にこの世の体系によって構成されているのだ。

たとえばガン。これはDNAのキズによるとされている。ではなぜ傷ができるのか?グーゼンの不幸。聖書は啓示する、霊によると!ヨブの例を見てもわかるが、背後に霊が働いているのだ。症状はその実に過ぎない。医学では症状をいじるが、根本の霊は放置されている[1] … Continue reading。敵はほくそ笑んでいるのだ。「神様、ガンを癒してください」という祈りは奏功しない。ノー。すでに癒されている!これが真理、霊的領域のサブスタンス(Heb 11:1)。フェイスはそれをこの物理的時空に現出する能力である。ゆえに、隠れているガンの霊に命じる必要がある。are you with me? サイエンス教徒にはとても受け入れがたいお話。現にこの私がバリバリのサイエンス教徒だったから・・・。

イエスのなされたことはすべてがリアル。神話とか何かの真理を伝えるための例話などではない! イエスはフェイクをなされない。彼のなされたことはすべて真理。われわれのマインドが受け入れがたいために、われわれが認知の選択的透過性によって選んでいるのだ。フェイスは選択による。だからイエスは病者に対してあえて尋ねた。あなたは癒されたいか? 何をして欲しいか? その応答が彼らの運命を決定したのだ。あなたは何を求めるか! 絶えずイエスは私たちに尋ねてくださっている。

サイエンスは実に巧妙な現代のフェイクなのだ。物質界のみを観察、実験、そこから帰納された理論。白いカラスの論理と言われるが、なぜカラスは黒いのか? あなたのオツムの中のモデルがそうなっているから。自然界は実はそうではない。つまり白いカラスはいくらでも存在する。あるいはブラック・スワン現象などもいくらでもあり得る。あなたのマインドが選択的認知の透過性を働かせている限り、神のわざは受けられない。ある領域ではOKでも、あなたのマインドのモデルに外れる現象に対しては、神は何もしてくれない!と憤ることになる。あるいは一生懸命に神は私の益のために私がガンになるのを許されたと、納得する努力に陥る。

また、わたしたちは神から出た者であり、全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。-1John 5:19

サタンは既にアダムから不法にだまし取った権限は有していない。が、欺かれる者、サタンのフェイクに同意する者は自ら彼の権威に服することになる。彼は死の力によって人々を支配する(Heb 2:14)。人は大脳辺縁系が刺激されると恐れを覚える。それが現代人の思考パタン、意思決定、行動を決めている。

恐れに由来するものはすべてサタンをルーツとする。ゆえにイエスは何度も言われた、恐れるな! イエスはサタンのわざを滅ぼし、いのちによって人々を支配する。あなたは死といのちとどちらの道を選ぶか? 具体的には恐れと平安とどちらを選ぶか? 神は言われる、わたしはあなたを癒す主、ジェホバ・ラッファであると。その選択はすべてあなたのマインドに、特にサブコンシャスに構築された世の体系、すなわちサタンの要塞に影響される。ゆえにそれを霊の武器で破壊し、すべての思考をキリストに服させる必要があるのだ(2Cor 10:4-5)。

あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、思い(原文)を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。-Rom 12:2

まことに世のマトリックスからの解放。私自身、アレを見せられてから、マインドのロックが次々に外れ、まことに私はマトリックスに生きていたことを実感しているのだ。森の中にいると一本一本の木は見えても、森全体は見えない。サイエンスはこのような状態にある。フェイスはその森から離脱するのだ。森の上から一瞬にしてすべてを見ることができる。フェイスはタイム&スペースを超える! そこは永遠のNOW! おお、なんということを神はしてくださったのだ! フェイスは神のパワーをアクティベートする。まことに私たち新しい生命体、ニュー・クリーチャーは神のパワースポットなのだ!

フェイスに覚醒せよ!

 

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1 何度も繰り返しているが、サイエンスや医学を否定しているのではない。神よりもそれらを上に置くことに警鐘を鳴らしているのだ。サイエンスや医学はあくまでも物理的時空における操作によって症状を取り扱うのみ。もちろん聖書のフェイスの有無によらず誰もその恩恵に与れる(一般恩恵)。が、限界があるのだ。フェイスにはその限界はない!先に書いたとおり、サイエンスには境界線がある。善と悪を知ることが罪であった。罪とは、善と悪、つまり境界線を引くことなのだ。すべてフェイスによらないことは罪である(Rom 14:23)。が、いのちの木はフェイスを生む。フェイスにとってはすべてが可能なのだ(特別恩恵)。(参考⇒科学と信仰

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