ルカ6:31の誤訳に見るキリスト教なる宗教が生まれる理由

ルカ6章31節(Luke 6:31)は黄金律として有名なキリスト教の誇る「教え」だ。すなわち、「自分がしてもらいたいように、人にも同じことをせよ。」・・・と、と、と、コレがまったくの誤訳! ギリシャ語をそのまま並べると―

また/ちょうど同じに/願い続けよ/こう/彼らがし続けている/あなたがたに/その/人間たちが/また/あなたがたが/し続ける/彼らに/同じに

要するに「彼らがあなたがたにしていることと同じことを彼らにもすることを願え」というわけ! はあ? よく言われるのと真逆でしょ!? 彼らの測る秤に従って秤り返すことを言ってい るのだ。あるいはあなたに彼らのしたことが、善であれ悪であれ、それと同じ分量のお返しをせよ、と言うこと。天秤のつり合いの問題。

いわゆる「愛こそすべて、なんでもかんでも笑って許して」といった和田アキ子的価値観とはまったく異なる。だからジーザスは十字架につかれたのであろう。「笑って許して」は神の秩序を崩壊する。これが実はキリスト教の根本病理なのだ。それはまさに人間のマインドが勝手に生み出したマトリックスである。ちなみにボクシはいつもニコニコ牧師顔だが、しばしばその目の奥は笑っていない。

元々、人類の罪は善と悪を知ることだった。宗教はこのから生まれるが、それ自体がそもそも罪なのだ。そう、罪(ハマルティア)とは見当外れである! 見当を外さないこと、すなわちただキリストにフォーカスすることである! キリスト教なる宗教から離脱し、ゴッド・マトリックに入ることをお薦めする次第。あ、無理にとは申しません、留まりたい方はご自由にどうぞ。