フェイスはポータルを開く-永遠のNOWのサブスタンスが流れ込む瞬間

しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。-John 16:13

FBに書いたが、土曜日にラゾーナ川崎でジュラシックワールドを観る前にヨドバシカメラでサイコロの抽選会があった。1が三つか連続数字で景品をもらえる。ふと連続の目が見えた。振った。そのとおりだった。力みなくマインドが透明にフォーカスする瞬間、それは見えるのだ。いろいろ考えたり、力んだりするとかえってダメ。このような未来が今に直結する、あるいは時間を超えてしまう瞬間があるのだ。

かつてスプーン曲げで有名になった清田君なる”超能力者”の証言によると、スプーンが切れるのは次のようなことらしい―

スプーンが柔らかくなり切断される映像が見えるとき、実際に切れる。5分後に切れるその「今」を内側で築き上げていくんです。まずは信じること、信じることはあいまいですが、ある瞬間に曲がったあるいは切れた瞬間を自分の内側で丁寧に築き上げていくんです。自分の内側に確かに折れた状態があるのです。折れた瞬間はみなさんが、おおっと言ってる瞬間であり、それはふくよかなんです。

内側にその瞬間を丁寧に築き上げていくんですが、焦りがあるとその分伸びるんです。スプーンに触っている間に、手がスプーンの温度になるんです。スプーンと俺の間に違和感がなくなってくる。脳波も眠りと覚醒の中間になる。脳波がα波からθ波に近づき、体が眠っている状態に近くなると潜在意識の方に入っていくんですよ。潜在意識になると顕在意識はコントロールできなくなる。顕在意識に入るとどうしても常識と言ったものが出る。それがフィルターになってなかなかできなくなる。

それを取り外してやるレベルでは呼吸を整える。α波に入ると息が一分間に1回くらいになる。すると心拍もゆっくりとなり脳波も穏やかになる。これで集中しやすい状態となり、常識レベルが排除されて、自分の心の中の状態を作りやすい状態になる。息を整えるわけです。息とは自分の心と書く。自分の心は息に現れるわけです。

彼は「未来の今」を今・ここで経験する心の状態を息を整えることにより作り出すのだ。するとそれが現出する。そして彼は言う、これはみなさんもできるんですよ、なんで信じないんですか?と。

昨日のメッセも語ったが、カミさんが言うには、包丁でトマトなんか切るにしても、包丁の刃がなまっている時、普通にやるとつぶれるけど、頭の中でサクッと切れたイメージが湧く時って、現実にもきれいに切れるとか。何か、この世界に穴があいているところがあって、そこからイメージしたことや祈ったことがすっと入り込んでくる感じがすると。ポータルが空いている!

次女も、大学受験のとき、一時パニクったけど、がむしゃら祈ってるうちに、ふと心に穴が開いて、ホッとして、受かったと思った。そしたらほんとに受かっちゃったと。もう一回、同じようなことがあったけど、穴があく感じってわかる・・・。長女は中学受験で1次、2次と二度落ちたのだが、なぜか自分は受かっていると感じた。その発表の日の晩、電話が鳴ったとき、あ、合格の連絡だとわかったと。そしたらほんとに受かっていた。あの時もそうだけど、そんな時って事前にわかるから不思議と。

物理的時空間と霊的領域はすぐ隣り合っている。私たちの霊はそのエッジ、狭間にあり、ポータルあるいはドアとして両方の世界を結びつけている。あたかもドラえもんの「どこでもドア」のように、私たちを通して霊的領域に抜けることができるし、霊的領域の事実(サブスタンス)を物理的に現出させることもできる。癒しなどはまさに二千年前の十字架の事実(サブスタンス)を、今・ここに、現すことだ(Heb 11:1、実体化1)このフェイスには定冠詞がない。つまり一般的霊的能力としてのフェイスであり、ニューエイジでも用いているものである。彼らとわれわれの違いは、ジーザスと言うポータルを通るか否かにある。)。私たちのフェイスはこのポータルを開く力があるのだ。私たちのフェイスを通して、物理的時空間と霊的領域の間にサブスタンスの流れが生まれる。そのポータルが開く瞬間、私たちの心の中ではホッと落ちる感覚がするのだ。祈り求めていたことを「得た」と分かる(☞信仰と希望について)。

まことにジーザスとヨハネが言うとおりだ:

だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られている信じていなさい。そうすれば、そのとおりになる。-Mark 11:24(Dr.Luke)

私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。-1John 5:15

天の門が開く感覚、これを味わえる人は幸いだ。大胆に祈り求めようではないか。確かに、既に天は裂けているのだから(Mark 1:10)。

References   [ + ]

1. このフェイスには定冠詞がない。つまり一般的霊的能力としてのフェイスであり、ニューエイジでも用いているものである。彼らとわれわれの違いは、ジーザスと言うポータルを通るか否かにある。