スピリチュアル・コヒーレンシーは聖書の啓示である

スピリチュアル・コヒーレンシーは聖書の啓示である

2018-12-05 0 投稿者: drluke

Dr.Lukeの用語はニューエイジ的であるとのご批判があるようだ1)私がニューエイジの影響を受けているのではない。ニューエイジが聖書の影響を受けているのである。一方のキリスト教は筋張ったステーキよろしく神学などで味気ない。そこで美味しい肉汁の部分をニューエイジからゲットバックせよと語っている。。繰り返すが私が使っている用語は聖書(ヘブル語/ギリシャ語)の中にあるものである。

例えば、バイブレーション。これは創世記1章2節「神の霊が水の上を動いていた」(Gen 1:2)の原語は”râchaph”、その原義は”flutter”、つまり「振動」である。牝鶏が卵を抱えて孵化させることである。さらに安息するの意味もある。また詩編19編4節には「その響き」とあるが(Ps 19:4)、言語は”qav”、つまり「弦」の振動である。霊的生命も霊的言葉もエネルギーであり、それはバイブレーションなのだ。生きとし生けるものはすべてエネルギー体、すなわちバイブレーションである。

またスピリチュアル・シナジー効果。これもすでに述べているが、ギリシャ語”sunergeo”であり、これから英語の”synergy”ができた。元々聖書の単語であり、概念である。

さらにスピリチュアル・コヒーレンシー。コヒーレンシーとは波動の位相(山と谷)がそろうことを意味する。つまり振動がお互いに調和している状態である。これもニューエイジがよく使う。が、元々は聖書の単語である。コロサイ書1章17節(Col 1:17)にこうある-

彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている(口語訳)。

これもなんとも味気ない訳ではあるが、例えばCLVによれば-

and He is before all, and all has its cohesion in Him.

この”cohesion”とあるギリシャ語は”sunistaō ; sunistanō ; sunistēmi”で、”consist”や”subsist”と訳される。原語は”sun”+”histēmi”からなり、” to set together, that is, (by implication) to introduce (favorably), or (figuratively) to exhibit; intransitively to stand near, or (figuratively) to constitute: – approve, commend, consist, make, stand (with).” (Strong)である。Vincentはアタナシウスを引用している-

Cohere, in mutual dependence. Compare Act 27:28; Heb 1:3. For other meanings of the verb, see on Rom 3:5. Christ not only creates, but maintains in continuous stability and productiveness. “He, the All-powerful, All-holy Word of the Father, spreads His power over all things everywhere, enlightening things seen and unseen, holding and binding all together in Himself. Nothing is left empty of His presence, but to all things and through all, severally and collectively, He is the giver and sustainer of life…. He, the Wisdom of God, holds the universe in tune together. He it is who, binding all with each, and ordering all things by His will and pleasure, produces the perfect unity of nature and the harmonious reign of law. While He abides unmoved forever with the Father, He yet moves all things by His own appointment according to the Father’s will” (Athanasius).

まさにコヒーレンシーである。われわれはキリストのうちに溶け込み、霊的バイブレーションに浸され、そのバイブレーションと同位相/調和するとき、本来の被創造物のあり方を享受し得るのである。ワーシップも地上から盛り上げるものではなく、天から降りてくるものであり、天のバイブレーションが地において共鳴するのだ。この意味で、最近の聖霊派のタテノリ・ガチャガチャ系の傾向には違和感を禁じ得ない。

聖霊はわれわれのうちにおられ、またわれわれを包み、雌鶏が卵を孵化させるように守ってくださる。その霊的バイブレーションによりわれわれを温め、常に霊を生かしてくださる。そのうちに安息し、御霊のバイブレーションに共鳴することがコヒーレンシーである。神の霊とコヒーレンシーするならば、フェイスは自ずとうちに生じ、それを語りだすとき、天のリアリティー/サブスタンスがわれわれを通して地上に現出する。

「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じフェイスの霊を持っているので、わたしたちも信じている。それゆえに語るのである。-2Cor 4:13

かくしてわれわれは-

人は口の結ぶ実によって腹を満たし/唇のもたらすものによって飽き足りる。-Prov 18:20

わたしは唇の実りを創造し、与えよう。平和、平和、遠くにいる者にも近くにいる者にも。わたしは彼をいやす、と主は言われる。-Isa 57:19

語り出されたフェイスの霊は必ずそのサブスタンスを生み出す。

語り出されたわたしの言葉は虚しく帰ることはない。必ず言い送ったことを成し遂げる。-Isa 55:11

References   [ + ]

1. 私がニューエイジの影響を受けているのではない。ニューエイジが聖書の影響を受けているのである。一方のキリスト教は筋張ったステーキよろしく神学などで味気ない。そこで美味しい肉汁の部分をニューエイジからゲットバックせよと語っている。