日の下に新しいことは何もない

これ、FBの内海画伯の投稿。ちょっとお借りしました。なんと、明治神宮前にあったとか・・・。

そのうちニッポンキリスト教も再び、われら天皇の臣民は、自己を否み、各自の十字架を負って、八紘一宇の・・・ってやりかねないね。この国も業界も偽善の上にあって、当時となんら変わっていないから。それにしても・・・

ちなみに私、99年時点でこの様を見ておりました。

「君が代・日の丸」に思う ―分裂した自我の背後に蠢く者

まことにソロモンの言うが如し、日の下に新しいことは何もない。今ある事は昔もあったことだ。


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昭和は遠ほくになりにけり

たまたま観てしまったコレ、『誘拐報道』。1982年の作品、ショーケンこと萩原健一の鬼気迫る演技。しかし、臭いがもろ昭和。驚いたのは新聞の活版印刷装置。手作業で活字を並べて紙面を作っている。バブル前夜なのだが、まだこんな感じだったんだと改めて。今は亡き懐かしい俳優がいっぱい・・・。

高校時代、『太陽にほえろ』でショーケン演じるマカロニ刑事が立ち〇ョンしてるところを刺されて殉職した時は、もう虚しくて虚しくて、しばらく観る気が起きなかった。その後釜がジーパンだったっけ(松田優作も故人だ)。ショーケンはその後のプライベートはめちゃめちゃだったようだが。

ちなみにショーケンの家はわが家の近く。この辺りは結構芸能人がいて、緒方直人&千堂敦子夫妻もぼくの奥さんの働いてる薬局に顔出すらしい。やっぱり芸能人オーラがあって、目立つとか。で、いろいろアドバイスしてやってるらしい。

それから『西部警察』で「大門君っ!」って甲高い声で叫んでいた二宮係長(を演じていた俳優、名前は忘れた。もう故人だとか)。かなり前のある日、近くを散歩していたら、TVで見た顔のオジサンがいてビックリ。ぼくも最近、YouTubeやってると、リアルでお会いする際、「あ、生ルークさんだ!」とか、「YouTubeよりスラッとしてるぅ」とか言われるのだが、これも映像のフシギ。それぞれに「Dr.Luke」の脳内イメージができているらしい。あと、あの「さよなら、さよなら、さよなら」の映画評論家の淀川長治氏(故人)。

まことに人生はトコロテン。ある時、舞台に登場して、一方通行で裏方へと去っていく。悲喜こもごも、それぞれの人生を演じつつ・・・。こうしてみるとぼくも、思へば遠ほくへ・・・ではある。

(影の声:そう言えば、平成ももう終わるんだよな・・・。)


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いつも思うニッポンキリスト教徒の不思議な事

このキリスト教なる業界、聖書を唯一の信仰基準にすると宣言しつつ、全然聖書を知らないし、平気で誤訳を鵜呑みにするし、書かれてないことを堂々と言っている。ほんと、自然科学系の者からすると理解不能なのだ。

例えば、例の「ラブソナタ」。これは実にキモイ。「あなたは愛されるために生まれた」・・・。いやはや、自己憐憫の霊の極致。聖書はなんと言っているか:エロヒムは祝福して言われた、生めよ、増えよ、地を従わせよ。

つまり人が創造された原初的目的は、神の代理権威として「地を従わせる」こと。この「従わせる」の原語は「強制力を持って」の意味である。要するに神の意志に反するものがすでに人の創造の時に存在していたのだ。これは創世記1:1と2節の間に秘密がある。

このアサインメント(委託)から人は堕ちた。で、一種の傍観者となってしまった。自分が何をしても世は変わらない。ただ愛されていればよい・・・と。あるいはめんどうなことは言わず、伝道、伝道とかね。あるいは携挙と再臨を待ち望むだけとか。この辺は再建主義者の批判どおりであろう。

これがもろに現れるのが病気に対する姿勢。ある者は病気は神の御旨、それにより人格を陶冶されるためとか、主のお苦しみを共にする経験だとか・・・。まあ、三浦綾子文学的ワールド。

果たしてジーザスは自分のところに来る病者にそんなことを言われたであろうか?ジーザスは病気を治めたのだ。従わせたのだ。命令、コマンドにより。それは秩序に置くこと。病気はDis-orderあるいはDis-ease。神の秩序からのDis=逸脱。だから秩序に戻すこと。神の秩序とは健康である。

もっとも深刻な病は、実は、聖書からの逸脱。自分が聖書を知らないことにすら気がついていない。キリスト教の病とは、ちょうど結核を患っている医師がそのことを知らず、マスクもしないで治療室に人々を招くようなものである。

これもね⇒ニッポンキリスト教の七不思議


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独り言:裁くなっと言って人を裁く人たち

けっこうこのギョウカイには多い。Dr.Lukeは裁いているとよく言われるが、私は裁いてなどいない。【事実】を語っているだけ。しかりはしかり・否は否と。この「裁くな」のセリフはしばしば口封じに使われている。

それは、実は皆さんがすでに心で感じているが、表に出すのをためらうことを言語化している次第。だから、よく言ってくれた、何でモヤモヤしていたかはっきりした、すっきりした、と言ってくれる人が実に多いのだ。

世間でも、そんなこと習ってないと言い訳する医者に誰が掛かりますか?そんな医者はただちに口コミで淘汰されるでしょう?ところが「先生たちのマトリックス」に煙幕を張られて、その言い訳が通用しているのがこのニッポンキリスト教なる業界なのだ。

ここに働くのがフェスティンガーの「認知的不協和最小化の原理」。人は何か違和感を覚えるとき、それを拒絶したいと感じるが、それができないような条件下では、自分の方が変だからとして、自分の内的要素(知性・感情・意志)のあり方を変えて、周囲に適応させ、違和感を最小にする心理機制(メカニズム)である。MCあるいは同調化バイアスの基本的原理。

簡単に言えば、赤信号みんなで渡れば怖くない。私的には青信号ひとりで渡ると怖くなるの心理、だ。

日本人は実にここが弱い。だからこのキ業界、カネで買ったディプロマミルの「神学博士」様が堂々と大手を振っている。先生たちもお互いにお互いの弱みには触れないようにしつつ、センセイ・センセイとヨイショし合う・・・。

まあ、ニッポンも徐々に、今は「教育勅語」に違和感を覚えても、みんなが受け入れているようだから、自分も・・・となりつつあるわけ。いずれ大手を振って「教育勅語」が復活する時も来るでしょう。ニッポンキ業界にもかつての日基の統理の「十字架」のアジ説教が復活することは目に見えている。なぜか?本物を知らないから。

銀行員はひたすら本物の札を触る。ダイヤの鑑定士なども。すると偽物にはすぐ違和感を覚える。逆にいくら何十種類もの偽札を触って研究しても、新手の偽札には対応できない。本物は一つだが、偽物は無限だから。

私がメッセであえて、「うそだ!!!」と叫ぶのは、聴いている人をMCされた心理状態から解くためだ。彼らは私の話を聞いているようで、実は聞いていない。今まで刷り込まれたマインドのマトリックス回路にハマっているからだ。だから、邦語訳聖書の誤訳を何度指摘しても、相変わらず誤訳をまんま使っている。

先に指摘したルターの「信仰義認」の偽りもそうだ。これはかなり巧妙なトリックなので、なかなか見抜けないとは思う。あまりにも当然のこととして受け入れてしまっているから。はっきり言うが、本質的にはカトリックの免罪符とプロテスタントの義認はなんら変わってはいない!(現にルーテル派はすでにカトリックと手打ち式しているわけ)

・・・というわけで、日本医学界の異端児DR.内海氏のように、不肖DR.LUKEもニッポンキ教業界の異端児となっているわけ。まことに名誉なこと。この業界でセンセイに祭り上げられることは災い以外の何物でもない。だって、それ自体がフェイクだから。誰もヤ●ザ業界で評価されてうれしい人はいないでしょう。(つづく)

追記:FBより

Me:目に見える組織のダイナミクスが諸問題の根源なのです。二千年のいわゆる教会歴史と戦時中の日本基督教団がそれを証明している。組織を維持するために諸教派は柏手を打ったわけ。それは今も同じ。この業界、必ず同じことを繰り返すでしょう。

組織に自分のアイデンティティーや生存の担保を求めれば、その組織に魂を売ることになる。それ、バビロンシステム、すべてマトリックスなんですが。この点、世となんら変わっていないわけ、この業界。エクレシアは新生命体であって、世のものではないのですが・・・。

そういえばすでにルーテル派はカトリックと手打ち式しちゃいましたよね。要するにルターもカトも同じなんですよ。宗教改革なんてのは政治的ダイナミクスに過ぎないわけ。
 
A氏:全日本プロレスの次に新日本プロレスみたいなものでしょうか。
 
Me:なるほど、プロレス業界とソックリかも(笑) それぞれの団体の本質は変わってないわけで。因縁を背負いつつ・・・。って、最近のプロレス界はまったく不知ですが💦 これも怒られるでしょうけど、宗教改革なんてのは茶番。


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独り言・・・・かる~くスルーをヨロシク♪

まあね、ニッポンキリスト教には明治以降、神ぃ様ぁ~のために働いてる立派なセンセイたちが多すぎるんですよ。だからジーザスが働かれる余地がなくなるわけ。で、結果は、クルシチャンが大量生産されてる

ニッポンキリスト教の1%コンプレックスもそろそろいい加減にしてほしいが、ギャロップ(だったかな?)の調査ではジーザスを信じる人は8.5%。そのほとんどはいわゆる"教会の礼拝"などには参加していないけどね。"礼拝出席"なるご苦労様してる人は0.25%らしい・・・。

だって、つまらんからボクシの説教なんて、ウザいしね。せっかくの日曜日に。 ヒステリックに、悔い改めよ~、聖霊様充満、油注ぎぃ~、リバイバルぅ~、酒飲むな~、ディスコに行くな~、映画観るな~、ジャズライブ行くな~、って。ご勝手にだろうが(笑)

あ、それとカネをむしられるし・・・。献金袋に領収印押して、10分の一してないと取り立てするキョーカイもあるらしい

追記: 結局ね、牧師たちはカプセル化した自分の視点からしか見ないから、礼拝出席率0.25%とか、1%の壁とかってなるわけ。日曜礼拝のお勤めを信徒が怠けてるわけではないし、みんな満たしを求めても提供されていないし。チャージされたくとも、空回り。問題は自分にあることにいつ気がつくのだろうか?・・・って、センセイたちには無理かも


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