思想や正義の病理の究極

思想や正義という病理。この事件は中三にTVで目撃した。実に怖い。一人ひとりはかなりインテリ、正義感が強く、社会の不正を黙視できない。それが高じて(これも下のR=klogSの法則による)、自己批判・総括と称する互いの粛清、結果虐殺された者14名。

あさま山荘立て籠もり犯が真相を告白…連合赤軍事件45年目の新証言、BS朝日で9日放送

これは何も社会だけではない。神学なるものもかなり怖い。キリスト教の歴史も血塗られている。たとえば神学者が崇めるカルバン。彼の病理はサディストであると私は指摘しているが、彼の行状についてはこの記事を参照してほしい(⇒http://www.dr-luke.com/diarypro/archives/914.html)。彼は発作が起きると、自分の批判者をあえてとろ火で処刑した。一部抜粋しておく。

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カルヴァンの花崗岩のような性格、鉄のような頑迷さにつきあたるのである。この偉大な狂信者にとっては、一生を通じて和解ほど無縁なものはなかった。彼は中道ということを知らなかった。彼が知っていたのはただひとつの真理、彼自身の真理だけだった。彼にとっては、すべてか、無か、完全な権力か完全な放棄か、であった。

自分自身に憑かれたカルヴァンは、誰かが自分の意見と違う意見を表明したりすると、そのつど、はげしい怒りにおそわれた。ひとに反駁されると、カルヴァンは一種の神経症の発作をひきおこし、肉体の内部ふかくで精神的な興奮が転移すると、胃がむかついてきて胆汁を吐き出すのだった。相手がその反論をどんなに客観的に、どんなに学問的に展開して見せてもむだだった。相手が大胆にも自分と違った考え方をしたいうただその事実だけで、カルヴァンは彼を自分の不倶戴天の敵であるばかりか、世界の敵、神の敵とした。
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ニッポンキリスト教においても異端カルト糾弾の火の手が上がった時期があった。私などは時が時であれば、すでにとろ火で処刑されていたことであろう(まあ、まともに相手するのは疲れるので、その間は六本木で遊んでいたのだが・・・)。このような場合は放置していれば、相手が自分の異常さを証明する。この業界の闇と病は極めて深いものがある。キリスト教赤軍派のようなものだ。

ちなみに、私自身は一切この業界とは無関係、あちこちの大センセイの顔色伺いも不要、ナントカ教団や、カントカ同盟なんぞとも関係がない。かつて首都圏の顔たるボス牧師に義理を通さずに聖会を開いてとんでもないことになった事件があったそうな。どこぞの業界とソックリではないか。

まことに「君子危うきに・・・」ではある。私が今、こうしてYouTubeやPodcastで自由な発信をしていられるのも今の時代であるからなのだ。


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