本日、25M潜水、一発で成功。水に入ったとき、今日はできると分かった。こういう瞬間は必ずそのとおりになる。血圧も至適(私は高血圧ではなく、下手をすると上が88とかになるのだ)。ちなみにわが奥さんは割とそのようなセンスがあって、かつてある企画で10人抜きのジャンケンをした。その時、彼女の証言では、何か自分が別の精神状態に入っているのがわかって、出すべき手がみな見えた。負ける気がしなかった、と。で、見事に優勝。

そう、リクツを超えて分かるのだ。ただ見える。I know that I know.雀鬼と呼ばれた櫻井章一は20年負け知らず、麻雀は考えるものではないと言う。損得を考えると落ちる。だから彼の手の動きは速い。打牌は1秒以内、見えたとおりに動くだけ。ジャンケンも負けない。が、考えたら負ける。(⇒http://majandofu.com/sakurai-syouiti#003

彼の名言はいくつもあるが―

・負けの九十九パーセントは自滅
・勝負において「守り」という立場はあるべきでないと考えている

これ、霊的原則でもある。ほとんどのクルシチャンは自ら負けの立場に自分を置いているのだ。たとえば、自分を傷つけた相手を恨むこと。これは相手と同じ物差しを持ち、相手の権威に服しているから。相手を祝福すること。祝福は大なる者が小なる者になすことだから。

霊的にも受動性は大きな罠となる(⇒受動性の罠)。牧師のもっともらしい説教に無防備に同意するから束縛されるのだ。はっきり言うが、ニッポンキリスト教において聞くべきメッセージはそれほどない。聖書の知識や神学、自分の意見や人生論などはいろいろ提示するが、霊的生命にとっての栄養分となるものは本当に少ない。人頼みではなく、自ら御霊に聞くこと。

わたしたちの内にはキリストからいただいた塗り油があり(これも「注ぎの油」ではない!)、すべてのことを教える。―1ヨハネ2:22

フェイスは聞くことから生まれるのだ。それはオツムの善悪といった二元論的価値判断を超えた直覚(Intuition)である。よく聞かれるのだが、Dr.Lukeのメッセのネタ本は何と。そんなものはない。私はただ聞いたことを語っているだけ。最近では牧師たちもけっこう私のメッセをネタに用いているようだが。それは分かるから、分かるとしか言えない。

しかし、わがボディ、また成長しているし、主観体感的には30代の頃と変わってない♪ きわめて軽快である

あなたがたの若さは鷲のように新しくなる。―詩編103篇

 

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