みな善の善たるを知るも、これ不善(ふぜん)のみ-老子第二章

罪とは善と悪を知る木の実を食べたことであった。すなわち善と悪の二元論の世界に落ち、絶えず自分で判断する生き方をすること。真理は全と悪を超えたもの、それは道なるジーザスである。いのちの次元に生きることだ。

わたしは道であり、真理であり、いのちである。―ヨハネ14:6

全文:天下みな美の美たるを知るも、これ悪のみ。みな善の善たるを知るも、これ不善のみ。故(まこと)に有と無相生じ、難と易相成り、長と短相形(あらわ)れ、高と下相傾き、音と声相和し、前と後相随(したが)う。ここを以って聖人は、無為の事に処(お)り、不言の教えを行なう。万物ここに作(おこ)るも而(しか)も辞(ことば)せず、生じるも而も有とせず、為すも而も恃(たの)まず、功成るも而も居らず。夫(そ)れ唯だ居らず、ここを以って去らず。

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