漢詩, 社会

白居易の漢詩から見るタコツボ・ワールドの悲喜劇

對酒  白居易

蝸牛角上 何事かを争う
石火光中 此身を寄す
富に隨ひ 貧に隋ひて 且らく歓楽せよ
口を開きて笑ざるは 是れ癡人(ちじん)

カタツムリの角の上みたいなちっぽけな世間で何を争っているのだ、
火打ち石のような儚い火花のような人生に生まれたのだ。
富があればあったで、貧しければ貧しいで、人生を楽しめ、
むっつりと口を閉ざして笑いも忘れるのは、愚か者だ。

まことにパウロも言う通り―

「主にあって常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。
・・・
わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。 貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」―聖書

対して、昨今の大学や企業やスポーツ界の悲喜劇は・・・。

参考:閉鎖社会の共同幻想に思う

 

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