再建主義とディスペンセイション主義に見える逆さ富士現象
この武田先生の説はもっともであると同意する。今回のコロナはある種の社会実験であったと思う。いかに大衆はマニュピレートされ易いかがよく分かった。カギは恐れを撒くこと。人は大脳辺縁系を刺激されて恐れを抱くと理性が吹っ飛ぶのだ。だから冷静にかつ客観的にデータに基づくエビデンスとロジックによる判断ができなくなる。要するに恐れでマヒするのだ。
このビデオで指摘されている流れは多分不可避であろう。これは聖書預言から見ても終末の兆候そのものだからだ。これを見てわれわれは次の御言葉を思う:
このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。-ルカ21:28
「このようなこと」とは、①贋キリストの出現(Luke 21:8)、②戦争・暴動・民族や国家間紛争(Luke 21:9-10)、③大地震・飢饉・疫病(Luke 21:11)、④天の恐るべき徴(Luke 21:11)、⑤迫害(Luke 21:12)、⑥エルサレムの蹂躙(Luke 21:20)、そして⑦イチジク(イスラエル)の回復(Luke 21:30)などである。
われわれは現在、「このようなこと」をリアルタイムで見ていることは誰も否定できないであろう。しかしながら再建主義の富井氏によれば「これらのこと」はAD70年にすでに起きていることなのだ。ゆえに上の武田氏の予言する世界の在り方は千年期にふさわしくない、「あってはならないこと」なのだ。つまり、メーソンやイルミナティによるヤラセとなる。そこで、彼はこう主張する―
今回の自粛によって政府による管理に慣らされた人々は、さらなる管理に導かれ、体内に入ったチップのデジタルデータに基づいて商業活動が規制される黙示録13章の世界が現出するかもしれない。
何度も述べているように、黙示録は19章まで紀元70年頃に終わっている。
ナザレのイエスをメシアと信じるわれわれは、この考えに同意しなければならない。
ナザレのイエスをメシアと信じないユダヤ教徒、とくに、その頂点に君臨するシャバド・ルバビッチ派は、黙示録を利用して、偽メシアによる世界統一を目論んでいる。
今、われわれが祈らなければ、世界は邪悪な人々によって支配されてしまう。行く末には、大量虐殺が待っている。
福音派のクリスチャンたちは、ディスペンセーション主義によって騙され「黙示録に預言されたとおり反キリストが登場するが、その前にわれわれは携挙される」と信じている。
そのため、彼らは世界政府に反対して祈らない。世界政府が今できないと、携挙も遅れるからである。
自分たちが救われるためには、世界が悪者に支配されなければならない。
彼らは、このような邪悪な考えによって頭を占領されている。
われわれしか祈る人々はいないのである。
マーカーを引いた部分はほとんど中傷であると言えるが、これが彼の脳内マトリックスなのだ。AD70年に一度目の再臨も最初の合同の携挙も終わっており、現在は千年期。サタンは深い穴に閉じ込められているはずであり、したがって千年期に反する事象はあってはならないことなのだ。それらはすべて陰謀である言わざるを得ない。
かくしてメーソンやイルミナティによる終末世界の演出をすべて祈りにより駆逐する必要があるとする。ただ面白いのは、邪悪な人々による支配の先にあるのは大虐殺であると。これは聖書のどこに根拠を置くのであろうか?
もし啓示録9章15,18節(Rev 9:15;18)の人類が三分の一殺されることを示すのであれば、それはまだ成就していないことになる。彼においてはソレはすでにAD70年に起きていることではなかったか?
つまり彼の頭の中のマトリックスは、AD70年にすでに起きてしまっている諸事象を、メーソンやイルミナティが再度終末の事象として再現させると言うことになるのだ。そこではてなマークだ。
再建主義は厳格なカルバン神学、つまり二重予定説を採る。すべてはすでに神のシナリオが書かれており、いかに人が努力しようともそれを覆すことはできないはずなのだ。究極の確定論である。しかるにモグラ叩きのように陰謀を潰していかなくてはならない。果たしてどこまでやり続けるのであろうか。それはフェイクなのに、だ。
かくしてこのタイトル画像にあるような逆さ富士を思う次第。同じ事象を見ても、まったくひっくり返った判断となるのだ。ちなみにこの千円札の逆さ富士は、厳密には上下対称ではない。微妙にズレがある。再建主義に関してもこのズレが違和感として感じられてしまうのは果たして私だけであろうか?
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「今回のコロナはある種の社会実験であった」
コロナのパンデミックはロンドンオリンピックで予告されていたとか?
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