書籍, 歴史, 社会

本日の一冊:『反日メディアの正体-戦後日本に埋め込まれた「GHQ洗脳装置」の闇』

上島嘉郎氏は中卒で社会に出た後、20歳で高校進学、その後産経新聞にて『正論』の編集などで活躍、ちゃんねる桜の常連でもある保守の論客。極私的には左右の座標軸にはいない、上下のそれであるが、ファクトを知りたいのだ。

戦後、GHQが日本人の精神構造を如何に変容したか。それは江藤淳氏の指摘通り「言語空間」を支配することによったのだ。いわく、「閉ざされた言語空間」。これについては私自身んも次のような記事を20年前に書いている。

さて、具体的にGHQが行った洗脳策は本書を参考にしていただいて、氏の次の指摘はまことに同意する。

さらに、今日の日本人が「平和」や「人権」と言う言葉を使う時、そこには「日本の平和」「日本国民の人権」という意識は薄い。「人類普遍の理想」といえば耳に心地よけれども、「日本の視点」を欠いた抽象的な概念でしか理解できず、ある種の記号と化しているのに気づかない。

「日本国民は、恒久の平和を祈願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

これは現行憲法の前文の一節ですが、「平和を愛する諸国民」は本当にいるのか。その「公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」することは正しいのか。それで誇りある生存は確保されるのか。疑うことは「日本が戦争に再び向かう道」と思い込み、疑問を持つこと自体を封じてしまう。

戦後の日本人の言論空間を「閉ざされた言語空間」と指摘したのは江藤先生ですが、まさに言葉と自由な思考を失った日本人は、現実の国際社の葛藤や軋轢を認識できず、「閉ざされた言語空間」のなかでひたすら空想的平和主義に浸っています。

今般、ヘイト法が川崎で成立したが、日本人や日本国家の悪口を言うことは自由であっても、在日外国人のそれは処罰されるという倒錯現象が起きている。

憲法の前文自体が幻想である以上、9条、特に二項はナンセンスであることは論をまたない。刃物を持つと人を刺すかもと恐れる強迫神経症である。

他者の「善意」に頼って自分の安全と生存を担保するなどは、ヤクザの「善意」に頼って社会の安全と生存を担保するのと同義である。裏表がひっくり返っている。精神科病棟では患者が医師を「診断」することがよくあるのだが・・・。

かくして思考は言語、それも自国言語による以上、言語を支配制限されることは思考を奪われることである。この言語マトリックスの罠についてはここでも何度も指摘しているとおりだ。「信仰」とか「敬虔」などを日本語マトリックスで理解することがニッポンキリスト教の培地である。

まことにこの国はGHQの仕掛けにより、国債を発行すると軍備化路線に走るから、それを制限するために財政法によって縛りを受けている。これがために、90年代以降デフレにして、成長率は世界最下位の凋落ぶり。安倍氏は「日本を取り戻す」と謳ったが、われわれの期待も虚しく、むしろ率先して日本を売っている。

三島は「このままでは空疎な経済大国が極東に残るだけ」と予言したが、これとても外れている。すでに日本は経済弱小国家となりつつあるのだ。若者はUber Eatsのようギグワークスを余儀なくされ、ほとんど人生設計を建てることは不可能。結婚して、子供を得たらセレブだと。二分極化は著しい。

私はすでに、この国は米の超長期対日政策により、<開国=政治的去勢>、<敗戦=軍事的去勢>、<バブル崩壊=経済的去勢>、<原発事故=倫理的去勢>と4回も去勢され、エディプス葛藤において挫折しているため、精神病理的に自立は不可能と言っている。私の史観は東京裁判史観でも、皇国史観でもない。精神病理史観である。

すべてリアリティーはマインドが生み出す。マインドは言語によって制限される。その言語を支配すれば、民族を支配することができるのだ、武器によらずとも・・・・。戦後日本においてその壮大な社会実験が行われたのだ。そして見事に成功している。願わくは、中国の倭族自治区化しないことを・・・。

まずは言語を取り戻せ、そして思考を解放せよ! ここに今後の日本の命運がかかっている。

追記:マッカーサーはその後、このように議会で証言していることは注目すべきであろう。

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