iDLE UTTERANCE
Dr.Luke的日々のココロ

本日は通常ルートで頂上に登り、下りは4号路にて、吊り橋を体験してきました。疲れた分、お汁粉が沁みました。


これは聖書の終末論でも啓示されているとおりであるが、最近では、かつて陰謀論とされてきたテーマが表で議論されるようになってきた。すでに紹介している馬淵大使や林千勝氏などの著作が秀でている。
今回のふたつビデオは視聴マストと思えるので、貼っておく。
まさにマトリックスの世界であり、表向き観ている現象はフェイク、ヤラセなのだ。かつて私は現代は壮大なフェイクを見せられていると問題提起したが、まさにそれが実証されつつある次第。
私のダニエル書と啓示録の解き明かしシリーズもぜひご覧ください。最初だけ貼っておきます。

先の途中経過のつづき[1] … Continue reading
極私的には日本は米の超長期対日工作による<開国=政治的去勢>、<原爆=軍事的去勢>、<バブル崩壊=経済的去勢>、そして<原発事故=倫理的去勢>を受けてエディプス挫折しているゆえに自立は不可能と言ってきているが、西氏も同じことを述べている。
ところがマッカーサー自身(のみならず欧米連合国)は日本を恐れていたのだ。だから徹底的に日本を破壊した。日本人もマッカーサーにすり寄ることが生存の担保であることに気づき、魂を売った。吉田茂はすべてを飲み込みつつマッカーサーまんせーを演じた。すべての元凶は東条に象徴される軍隊にあるとして、彼らをスケープゴートとして自らは責を逃れたのだ。
マッカーサーは自由と民主主義を唱えつつ、焚書坑儒、教職追放など、自分の物差しに合わない者たちをパージした。その矛盾が共産主義者に対する態度に明確に表れている。共産党自体も当初自衛権を持たないのはおかしいと主張しつつ、現在は今の様だ。
また平和主義による非武装の方針は朝鮮戦争や中共とソ連の脅威に対して欺瞞的に方針転換をした。だから米本国からも「分裂病」と評され、ついには解任に憂き目に合う。大統領への野望も潰えて、彼は言う、日本は自衛のために戦ったのであり、侵略戦争ではなかった、東京裁判は誤っていた、と。
現在のニッポンは自我の分裂状態にあるが、それはマッカーサーの自我分裂の延長であることが、本書で分かった次第。岸田さんなどのニッポンの政治家を見てるとその言葉と行動の乖離は明確であるが、これは彼個人の病理と言うよりはGHQによるWGIP(洗脳)による結果であると言える。
さらにニッポンキ業界や日教組がいかに共産主義者と親和的であったかも理解できる[2] … Continue reading。常々に主張している通り、ニッポンキ業界はニッポン社会の合わせ鏡であるのだ。このままだと、キリ新が言う通りニッポンキ業界がニッポン社会での限界集落であるならば、ニッポンは世界の中でのそれになるだろう。否、溶解し蒸発しつつあるのだ。
今、覚醒しないとほんと手遅れになる、と改めて危機感を新たにした。

フェイスする前は選びが確定か否かは決定不可能。フェイスした後は選びは100%確定する。すなわち実体化される。
現代物理学の最先端では物質の究極はバイブレーション。宇宙は2D(平面)に書かれた情報のホログラフィー。まことに聖書が言う通りなのだ:
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いて(原意:バイブレートして)いた。-Gen 1:2
天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。 昼は昼に語り伝え/夜は夜に知識を送る。話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくてもその響き(原意:バイブレーション)は全地に/その言葉(情報)は世界の果てに向かう。-Ps 19:1-5
わたしの魂よ、主をたたえよ。主よ、わたしの神よ、あなたは大いなる方。栄えと輝きをまとい、光を衣として身を被っておられる。天を幕のように張り、天上の宮の梁を水の中にわたされた。-Ps 104:1-3
いずれこの天は幕のように巻き取られてしまうのだ。
天は巻物が巻き取られるように消え去り、山も島も、みなその場所から移された。-Rev 6:14

TODAY’S CELEBRATION Nov 21, 2021:GPS-ゴッド・プレデスティン・システム-YaHaWeHエロヒムのスーパーナチュラルらせん
引用聖句:Heb 4:3;Rev 13:8;Gen 1:2;P …
- 引用聖句:Heb 4:3;Rev 13:8;Gen 1:2;Ps 104:30;Prov 4:20;23;Isa 55:11;Ps 56:8;139:16;Eph 1:3-14;2:5-6; etc.
- 2021年11月28日(日)
- 場所:鶴見駅前ホール第一&ニ会議室
- 時間:13:00-16:00
- プレイヤーMTG:しばらくお休み
- セレブレーションのライブ録音DVD:希望者にお分けできます。1ヶ月分、3,000円(原則4DVD);あるいは希望のタイトル1枚1,000円にて。ご注文はオンラインショップへ。

592ページの大部、現在ちょうど半分辺り。この時点での中間報告を―
ただただため息をつきつつ読んでいる。彼はよくぞここまで日本を解体したものだ[1] … Continue reading。米は原爆を14発落とす予定だったが、彼らの本心は日本民族の抹殺。幸い物理的には逃れたが日本の精神性と霊性は根底から解体された。
そして押し付けたのが白いキリスト教。ジーザスのご人格とは真逆の宗教だ。日本人はその胡散臭さを感知した。今もなお、キリスト教が拒まれる理由はマッカーサーにある。彼は第二のキリストとみなされていた。日本人の霊性はとってつけた白いキリスト教の本質を見破ったのだ。が、今看板を張ってるニッポンキ業界のセンセイたちはその波に乗った。それはジーザスとは切り離された単なる宗教である。
そしてマッカーサーも朝鮮戦争で米に裏切られ、大統領になり損ねる。その後、彼は言う、日本は自衛の戦いをしたのであり、東京裁判は誤りであったと。今のキリスト教が受け入れられていないのはまことに日本民族の感性の鋭さによる。
キリストご自身とキリスト教の切り分けができている人は幸いである。それを混同したのがニーチェだ。キリスト教に励めば励むほどジーザスのご人格とは真逆のマトリックスに入り込む。そして私の言うポセイドンアドベンチャー・メンタリティーで自滅するのだ。日本人は幸いキリスト教に励んでいない。ゆえにまだ大いなる希望があるのだ。
キリスト教の捕囚からエクソダスし得た者は幸いである。ちなみにマッカーサーの白いキリスト教の拠点は今のICUの前身だ。真子様の件も単なる男女の恋愛話ではなく、マッカーサーまで戻る必要があるのかも知れない。すなわち欺瞞の殿堂による欺瞞の伝道の呪縛の影響を引きずっているのだろう。
一方の日本基督教団は「各自十字架を負って自らを否み天皇の臣民として八紘一宇の実現に邁進すべし」と柏手を叩いたが、戦後見事にマッカーサーに迎合し左巻き化した。この変わり身の早さもあっけに取られるほどだが、要するにニッポンキ業界の欺瞞の病理は深いということだ。

TODAY’S CELEBRATION Nov 14, 2021:GPS-ゴッド・プロミネンス・システム-キリストのオーラを発散する
引用聖句:Gen 1:3;Matt 4:16;5:16John …
- 引用聖句:Gen 1:3;Matt 4:16;5:16John 1:4;8:12;2Cor 4:6;Eph 5:81Pet 2:9;1John 1:7;1Cor 15:45;Eph 1:23 etc.
- 2021年11月21日(日)
- 場所:鶴見駅前ホール第一&ニ会議室
- 時間:13:00-16:00
- プレイヤーMTG:しばらくお休み
- セレブレーションのライブ録音DVD:希望者にお分けできます。1ヶ月分、3,000円(原則4DVD);あるいは希望のタイトル1枚1,000円にて。ご注文はオンラインショップへ。

かつて書いた記事を再録しておこう:(こちらも参照されたい☞人間の聖書的啓示と現代精神科学)
今、教会史をざっと眺めております。黙示録にも予言的教会歴史が描かれているのですが、時系列の中で起きている教会歴史ですね。まあ、Philip Schaffの著書などを繰るべきなのでしょうが、時間があまりありませんので、あくまでも「ざっと」です。一言で言えば、下で述べたキリストの固定化による互いの異端排除の歴史・・・。これに政治が絡むといわゆる西洋史が構成されるわけ。
で、面白かったのが、アレキサンドリアのオリゲネス(185-254)の人間論。彼は人間が、肉、魂、霊の3部分からなるとしているわけ(Trichotomy)。もちろん御言葉にそう書いてあるわけですが。で、この魂(psyche)が知性・感情・意志からなることは現代の脳科学でも実証的に説明される(詳細はこちら)。ここで問題となるが、果たしてこれらの精神機能が大脳の物理化学的現象へと還元されるのかどうかと言う点。これについては昔から議論されてきたことであるが、例えばノーベル賞学者の神経生理学者エックルズは、精神活動は大脳の物理化学的現象に還元し得ず、サイコン(psyche:魂)と物質との相互作用から生じるとして、当時としてはサイエンスから逸脱せざるを得なかった。しかし最近では利根川博士ら、他の分野を制覇した学者たちが精神の問題を考えており、ようやくサイエンスの一分野として確立されつつある(→その一例)。前に触れたクオリアの問題もそのひとつ。
さて、ここで問題となるのが、もし精神現象を大脳の物理化学的現象に還元すると(養老孟司氏の『唯脳論』の立場☞心ってのは脳の働き)、人間の精神活動とコンピューターには本質的違いはなくなり、複雑さの度合いの違いとなってしまう。これでは決定論そのものであり(カルヴァンは喜ぶかも)、では、人間の自由意志とは何かと言う問題が起こるわけ。まあ、前にも述べたようにカルヴァンvsアルミニウス的なill-posed(無意味)な神学的議論はさて置いて、大脳生理学的に見るならば、自由意志は大脳のニューロン・ネットワークの電流とシナプスでの神経伝達物質の反応の「ゆらぎ」によるとするしかなくなるわけ。現にペンローズがマイクロ・チューブによる量子脳理論を提唱している。すると私がイエスを信じたことも、量子物理化学的ゆらぎによるわけだ。簡単に言えば、偶然の産物。
しかし聖書では人間は単に物理化学的存在のみではなく、霊的存在であることを啓示(これは証明できない、一方通行的提示)している。つまり人間の体(soma)と霊(pneuma)の接点として魂(psyche)が生じたわけだ(Gen 2:8)。この辺りはG.H.ペンバーが詳細に論じている。この立場に立つならば、サイエンスとなりえない霊の領域と大脳(物質)の相互作用として魂の機能、つまり精神活動がなされることになる(エックルズ的立場)。すると霊と物質はどのように相互作用するのかという問題が生じるが、これはまた難題なので、とりあえず置いておく。
ここで自由意志を論じる際には、欲求の問題を避けることはできない。聖書が啓示する人間の欲求についてはガラテヤ書が次のように言う:
肉は霊に反して欲し、霊は肉に反して欲するからである。-Gal 5:17(岩波訳)
ここで「欲する」と訳された原語は”epithumeo”であり、別の箇所では「情欲(lust)」とも訳されている(Matt 5:28など)。要するに相当に強い意味であり、医学的には「情動する/欲動する」と訳せる。つまり肉には固有の欲動があり、霊にも固有の欲動がある。
実際、それらは互いに対立し合っており、その結果、欲することを、あなたがたは行えなくなるであろう。-Gal 5:17
ここの意味をローマ書7:15,19(Rom 7:15;19)と同じ意味で解することがよくなされるが、私の著書『真理はあなたを自由にする』でも指摘したが、これは誤解である[1] … Continue reading。例えばVincentは
・So that (ἵνα)-
Connect with these are contrary, etc. Ἵνα does not express result, but purpose, to the end that, – the purpose of the two contending desires. The intent of each principle in opposing the other is to prevent man’s doing what the other principle moves him to do.・Cannot do (μὴ ποιῆτε)-
A mistake, growing out of the misinterpretation of ἵνα noted above. Rather, each works to the end that ye may not do, etc.・The things that ye would (ἃ ἐὰν θέλητε)-
The things which you will to do under the influence of either of the two contending principles. There is a mutual conflict of two powers. If one wills to do good, he is opposed by the flesh: if to do evil, by the Spirit.
として、”so that”を結果として訳すことは不適としている。つまり私たちが肉に従えば、肉は御霊を抑圧して、御霊の欲することができなくなり、逆もまたしかりだと言うのである。よってパウロは前節で
あなたがたは霊によって歩みなさい。そうすれば肉の欲望を満たすことはないであろう。
と言う。ここに自由意志が介入する。もっと言えば、肉の欲動を抑えるのは霊であると言うわけ。肉(Gk:sarx、En:flesh)は大脳生理学的には辺縁系あたりの海馬に蓄えられている情動と記憶の複合体がその実体である私は考えている。私たちの肉体は未だ古い創造に属するものであるから、この大脳辺縁系の問題を避けては通れない。この意味でいわゆるホーリネスの「全き聖化」なる教えなどがいかに人間を無視したものであるかは以前にも指摘した。それは人間性疎外であり、人をある種の狂気へともたらす(これはネット上およびリアルの”壊れたクリスチャン”を見れば分かるでしょう)。キリスト教倫理や教育では決して解決できない課題なのだ。「聖化」を「肉の欲動の消滅」と理解したら、これはもう人生暗黒、まさに人を狂わせるでしょう。パウロはローマ7章で、主イエスに感謝した後に、
かくして私自身は、理性においては神の律法に隷属しているのだが、しかし肉においては罪の法則に隷属しているのである。-Rom 7:22-23
と証している。どこぞの実行では、自分の罪を紙に書いて、木の十字架に釘で打ちつけるそうだが、まさにナンセンスを絵に描いている。Are you with me?
さて、ここでのポイントは、肉が欲動すること自体、また霊が欲動すること自体、これらは私たちの自由意志の及ばない領域の現象なのだ! お分かりになります。これが分かれば、ホーリネスの人々のようなクルシチャン(苦しちゃん)状態から解放されるでしょう。もっと言えば私の責任ではないのです!私の責任は、肉の欲動と霊の欲動のどちらを選択するか。ここで霊を選択するならば、ただちに十字架の死の力が働き(Rom 6:6)、肉を沈静化するでしょう。これが解放です。しかし肉を選ぶならば、霊は抑圧されるでしょう(1Thess 5:19)。これは内なる自責感と圧迫を生みます。
つまり肉の欲動そのものは大脳辺縁系の問題、もっと言えば深層心理(無意識)の領域の問題となり、私の意志が及ばないのです。私たちの魂はこの霊の欲動と肉の欲動が意識として実体化される場です。あなたはどちらを選びますか?これが私たちへのチャレンジです。そこで
肉の思いは死であるが、霊の思いは命と平和です-Rom 8:7(岩波訳)
とあるとおりです。
以上が聖書に沿った実存的人間モデルです。私はこれを元に「霊精神身体医学(Pneuma-Psycho-Somatic Medicine)」を提唱しているわけです。すでに97年にWHOでも「霊的健康」と言う概念を盛り込んできています。ただし、現在のところ、これをサイエンスとして記述することがはたして可能なのか不可能なのか、それすらも分かっていません。もっと言えば、物理化学的実在である脳がそれとシンクロして生じさえる脳機能(精神)を理解し得るか否か、これも解けていません。
・・・というわけで、オリゲネスからつい話が膨らんでしまいましたが、「精神とは何ぞや」-私はこれをつらつらと高校時代、いや、思い起すと小学校4年位から考えているわけで、聖書の啓示によって体験的な理解は得たのです。が、思想として記述し得ても、サイエンス化することができていない。が、ぼーっと考えていると人生は退屈ということがないのですね。で、ついに○○歳・・・。昔ならばもうお終いの歳なのであります。
少年老い易く、学なり難し。

Twitterを転載しておく―
新自由主義からの脱却を公約にした岸田氏、なんと新自由主義の旗手竹中氏を日本型資本主義会議に起用するとか。いやはや分裂した自我の典型ではないか。しかし、これとてもそもそも岸田氏が変えることのできるような事象ではないということだ。大きな世界の潮流に組み込まれてしまっている以上、彼は何もなし得ないし、自民党も変わらないだろう。
岸田さんも既定路線組のようだ。レントシーカーが甘い汁を吸い上げる。息子の巨大企業は業界の最上流だが、案件を下に流す間に鞘を抜く仕組み。下流企業はどうあがいてもそれまで。現代は所属する階層で決まるのだ。学歴格差が経済格差として、また学歴格差として固定化するわけ。
G-kidの学校は東大に80人ほど入るが、親の階層がすごい。彼らはその階層でツーツーカーカー持ちつ持たれつでやっていける。だからさほど苦労もなく回る。この国はすでに北朝鮮と同様に出身成分で人生が決まる。これを庶民はほとんど知らず「明日は今日よりも明るい」と幻想を追いかけている。
「鬼滅の刃」とか「親ガチャ」などが若者の間で流行るのは、彼らはこの厳然たる事実に気づいているからだろう。不条理だぁ!!!と思いつつも、しかし選挙でも変えられない、クーデターを起こす気力もない、とりあえず2Dとフィギュアの世界に埋没して代償満足するしかない。生命力の枯渇だ。
60年代安保闘争。左巻きの扇動により若者が暴れてみたものの、見事に挫折。気づけば自分が公務員に大学教員にと卆なく収まっている。所詮、ヤラセだったのだよ。天皇に賭けた三島は腹を切ったがこれも脳内空転の末路。美しいはずの死がグロになっただけ。
日米安保闘争も海外(中ソなど)の意図があったわけ。現在はアメリカの仕掛けた舞台で浮世狂言を演じるのが関の山。ならば「いい役」を得た方がいいだろう。極私的には4回去勢されてエディプス挫折したこの国が真に自立することはもはやできないと思っているが。
かくして、つまり究極の希望はジーザスの再臨なのだ。
(影の声:が、ニッポンキ業界などにいたら悲惨だからねー。繰り返すけどキリスト教はやめておけ、人生失うよ! 第二のエクソダスをお勧めします)

つづき:少なくとも我々が言論を展開するとするなら、こんな恥晒しな真似になることだけは絶対回避せねばならぬと、思います。
この藤井先生のご指摘、言いえて妙。まさにニッポン社会の合わせ鏡ニッポンキリスト教の様でもある。韓国を訪れて土下座してくる牧師やバルトセンセのお説をよくよく拝聴せよ!とする”高尚”な人々もおり、 一方で「幕屋」みたいな人たちもいて、靖国神社を崇敬し、大和魂の回復を祈願してるわけで・・・・。
神の啓示の自己証言によれば、神は神とは異なる実在の内部で神の現実存在を自ら証明する自由を持ち給う。よく注意せよ。それは神の現実存在を、したがってこの実在全体とは異なる存在者の存在を、〔自ら証明する自由〕である。しかしそれはあくまで神の現実存在を、である。すなわち、神が〔人間の思惟の中で〕考えられることから独立した神の存在、人間の思惟〔によって考えられること〕に先行し、その思惟をまず基礎づけている、徹頭徹尾対象的な神の存在を、である。また神とは異なる実在の内部での神のこの現実存在を、である。それであるから神のこの現実存在が、この実在の中で、それに人間も属しているこの〔神とは異なる〕実在の中で、またこの実在と異なるその全くの相違性の中で、人間によって認識されることができ、また神の自己証明が人間によって認識され、承認されることができ、人間の認識行為の枠内で繰り返されることができるという仕方においてである。
カール・バルト:神の自己存在の啓示
まさに脳内空転の空理空論、スピリチュアル・サブスタンスはまったく、ない。単なる言葉遊びであり、カッシーラの言う関係概念のもつれに過ぎない。フェイスは実体であり、それを言語で表現した書が聖書である。すなわち実体概念である。このような舶来品をありがたがって飾っているのがニッポンキリスト教のシンガクシャたちであろう。
さて、極私的にはニッポンは自我分裂していると指摘してきている。
分裂した自我は現実とは遊離した空理空論状態に陥る。そのため他者との関係が築けず、疎外感を深め、自分を阻害した存在に対する憎悪と嫉妬を深めつつ、妄想世界に埋没する。現在の社民党や共産党、さらに立憲民主党などの空理空論によく表れている。彼らは左巻きの”理想社会”の実現に邁進してるのだろうが、それはWW2時代の日本と同じ。
わが国は韓国のように国家としては分裂していないが、精神構造において実に致命的な分裂状態にある。今、購読中の『國破れてマッカーサー』にあるとおり、憲法九条が自我の統一を妨げている元凶的象徴である。マッカーサーは見事に日本人の精神構造の中核にクサビを打ち込み、ニッポンというクラゲ国家を演出したのである。そして今もなお、それは継続中である。まさにこのどこぞの党のシンボルが文字通り象徴している。

ここに馬淵大使の指摘するDSや林氏指摘する金融ユダヤが背後にいるわけだが、世(アイオン)は彼らの仕掛けの中で動かされているわけ。要するに世は浮世狂言なのだ。

TODAY’S CELEBRATION Nov 07, 2021:GPS-ゴッド・プレミアム・システムII-あなたはプレミアム・パール
引用聖句:Matt 13:45;1Cor 10:13;1Pet …
- 引用聖句:Matt 13:45;1Cor 10:13;1Pet 1:7;Heb 4:12;10:10-14;12:22-24;Rev 21:21 etc.
- 2021年11月14日(日)
- 場所:新横浜ホール第九会議室(3F)
- 時間:13:00-16:30
- プレイヤーMTG:しばらくお休み
- セレブレーションのライブ録音DVD:希望者にお分けできます。1ヶ月分、3,000円(原則4DVD);あるいは希望のタイトル1枚1,000円にて。ご注文はオンラインショップへ。

ただいま購読中。あの戦争は何だったのか?大部ではあるが、実にサクサクと読みやすい。著者は5歳の時、進駐軍からギヴミーチョコレートの経験があるが、それが現代ニッポンの病理であると。膨大な未公開資料を狩猟しての本作。読了後また報告します。
現在この国は内部から浸食されている。すでにWW2時点で共産主義者が入り込み、朝日新聞や近衛内閣を通じて、天皇制を解体して神武王朝の崩壊を目論んでいたのだ。
私は別に天皇マンセーではないし、神武王朝を途絶えさせれるのはそれはそれでかまわないが、共和制などはこの国民には土台無理だし、単なる器としての国家が残るだけで、2600年に渡る歴史の上にある国体は消失する。
現在の女系天皇認知は、天皇を単なるポストにするものであり、そこに誰が収まってもいいではないかとするものだ。これで果たしてこの国は地上において存立し得るのかどうか。それは壮大な歴史的社会実験である。しかもかなりのハイリスクな。

いやはや、すごい人出でした。コロナでの抑圧が一挙に解放された感じ。極私的には光物は好きですねー😎 12月になれば六本木が光ります✨

この論点についてはかつて今は亡き再建主義者富井健氏と論争した記録がある☞https://bit.ly/3EKjDnu

現在、天皇家が揺るがされている。KKさんの件はさておいても、女系天皇を認めるべきや否やと。現代、男女同権の時代にあっては女系を認めるのはなんら問題ではないとするむきもある。天皇というポストがあって(あの美濃部達吉の天皇機関説のように)、そのポストに誰が座ってもいいではないかと言うわけだ。が、ここで問われていることは、王朝の問題なのだ。現在、事実はともかくとして、天照大神から五世孫である神武初代天皇のY遺伝子が父系により連綿と継承されていることに天皇家のアイデンティティの本質がある。

かのダビデ王朝もソロモン以後分裂し(BC931)、北はヤロブアム、南はソロモンの子レハベアムを王として南北朝時代に入る。ここで大切な点は北王国は血統が入れ替わっているが、南王国はダビデ系の一系王朝なのだ。主がダビデに永遠の王権を保証されたゆえである(2Ch 13:5)。
このことをもって、現代においても唯一の王朝を維持している天皇はダビデの子孫であるとするむきもあるが、それはおいといて、ダビデの王権はダビデの子ジーザスによって永遠に継続されると解するのが普通である。ここでもポイントはY遺伝子の連続性[1]もちろん霊的な意味である。ちなみにマタイの系図とルカの系図はそれぞれヨセフとマリアの系図である。。
重要なのは今回のメッセでも語ったが生まれの問題である。われわれはYaHaWeHエロヒムの霊的DNA(ロゴス)を内に内在化また生成されて新しい復活の初穂として父により生み出された(James 1:18☞エロヒム属の誕生)。われわれの内にはYaHaWeHエロヒムの種が宿されている(1John 3:9)。われわれは、正確にはわれわれの霊はYaHaWeHエロヒムから生み出された(John 3:5)。ゆえにYaHaWeHエロヒム・ジーザス系の家系あるいは王朝に生まれた存在である。それは父系王朝である。
エロヒムについての白いキリスト教の誤解によりいわゆる西方キリスト教神学が組織されて、現在のキリスト教が構成されているが、それはすでにヘブル語のマトリックスから逸脱していることは何度も指摘している。われわれの霊はエロヒムの霊であり、そのうちに聖霊だけではなくYaHaWeH(父・子・聖霊)が内住されている(John 14:23)。父は子の中に、子は父のうちに、そして子はわたしたちの内に、わたしたちは子の内に、したがって父のうちにおり、父もまたわたしたちのうちにいます。これをペリコレーションと称するが、ちょうどこの図のような感じである。

譬えれば、磁石を飲み込めば磁石は私の内にある。しかし磁力線は図のトーラスように私を包み込む。人体そのものがトポロジカルにはトーラスである。これはオーラともいえる。私たちの内にいますYaHaWeHエロヒムの発散する霊の力線が私たちを包むのであり、これが私たちのオーラとして発散する。これがいわゆる臨在の中に生きることだ。これはおのずと人々に何らかの感化を与え、わたしたちが父に愛されていることを証明する。
父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。-John 17:21-23
旧約においても主はご自分の民を分離の民と呼んでいる。
わたしは、わたしの民とあなたの民との間を区別して、救いを置く。あす、このしるしが起こる。-Exo 8:23
ここの「区別して」と訳された原語は”פְּדֻת”、ピクトグラムとして読むと、ぺー=開かれた口;ダレト=門;タウ=十字架である。すなわち十字架にあって開かれた門であり、その門の内と外が分けられている。門とはもちろんジーザスである。これから「贖い」の意味も生じる。つまりわれわれはポータルなるジーザスを通った民であり、世の民とは区別されているのだ。罪赦された哀れな罪人などではない。もちろん旧い体には罪(Sin)が残るゆえに罪(sins)も犯すが、これは五感のパフォーマンスの問題。霊的アイデンティティは義とされ、聖とされ、完全とされているのだ(Heb 10:10-14)。
しかし、あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都、天のエルサレム、無数の天使たちの祝いの集まり、天に登録されている長子たちの集会、すべての人の審判者である神、完全なものとされた正しい人たちの霊、新しい契約の仲介者イエス、そして、アベルの血よりも立派に語る注がれた血です。-Heb 12:22
かくしてロゴスをギノマイ(ginomai)された者はエロヒムと呼ばれる(John 10:34-35)。またわれわれはI-AMを通して定義された存在である(☞われわれは特異的な民、その意味は?)。ポイントは何を継承しているか。麦粒がまかれたら麦がなる;キリストが撒かれたら、・・・・もちろんキリストがなるのだ(Gal 4:19)。われわれはいのちを与える霊となられたキリストを(1Cor 15:45)、いわば受胎し、わが霊をいわば霊的子宮としてその種を育てている。エクレシア(召衆と呼ぼう)とは神の畑である(1Cor 3:9☞エクレシアはオーガニックなモルフォジェネティック・フィールド)。
もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。-Rom 6:5
この「一体」と訳された原語は”sumphutos”、”sum(with)”+”phuto(grow;geruminate)”であり、KJVでは”planted together”と訳されている。つまり我々の内に置かれたキリストが発芽して成長することわれわれはシェアするのだ。かくしてエロヒムが増殖する(Col 2:19☞エロヒムの増殖)[2] … Continue reading。
よく氏より育ちと言われるが、神武王朝とジーザス王朝に関しては、育ちよりも氏なのだ。