現在、天皇家が揺るがされている。KKさんの件はさておいても、女系天皇を認めるべきや否やと。現代、男女同権の時代にあっては女系を認めるのはなんら問題ではないとするむきもある。天皇というポストがあって(あの美濃部達吉の天皇機関説のように)、そのポストに誰が座ってもいいではないかと言うわけだ。が、ここで問われていることは、王朝の問題なのだ。現在、事実はともかくとして、天照大神から五世孫である神武初代天皇のY遺伝子が父系により連綿と継承されていることに天皇家のアイデンティティの本質がある。

かのダビデ王朝もソロモン以後分裂し(BC931)、北はヤロブアム、南はソロモンの子レハベアムを王として南北朝時代に入る。ここで大切な点は北王国は血統が入れ替わっているが、南王国はダビデ系の一系王朝なのだ。主がダビデに永遠の王権を保証されたゆえである(2Ch 13:5)。

このことをもって、現代においても唯一の王朝を維持している天皇はダビデの子孫であるとするむきもあるが、それはおいといて、ダビデの王権はダビデの子ジーザスによって永遠に継続されると解するのが普通である。ここでもポイントはY遺伝子の連続性[1]もちろん霊的な意味である。ちなみにマタイの系図とルカの系図はそれぞれヨセフとマリアの系図である。

重要なのは今回のメッセでも語ったが生まれの問題である。われわれはYaHaWeHエロヒムの霊的DNA(ロゴス)を内に内在化また生成されて新しい復活の初穂として父により生み出された(James 1:18☞エロヒム属の誕生)。われわれの内にはYaHaWeHエロヒムの種が宿されている(1John 3:9)。われわれは、正確にはわれわれの霊はYaHaWeHエロヒムから生み出された(John 3:5)。ゆえにYaHaWeHエロヒム・ジーザス系の家系あるいは王朝に生まれた存在である。それは父系王朝である。

エロヒムについての白いキリスト教の誤解によりいわゆる西方キリスト教神学が組織されて、現在のキリスト教が構成されているが、それはすでにヘブル語のマトリックスから逸脱していることは何度も指摘している。われわれの霊はエロヒムの霊であり、そのうちに聖霊だけではなくYaHaWeH(父・子・聖霊)が内住されている(John 14:23)。父は子の中に、子は父のうちに、そして子はわたしたちの内に、わたしたちは子の内に、したがって父のうちにおり、父もまたわたしたちのうちにいます。これをペリコレーションと称するが、ちょうどこの図のような感じである。

譬えれば、磁石を飲み込めば磁石は私の内にある。しかし磁力線は図のトーラスように私を包み込む。人体そのものがトポロジカルにはトーラスである。これはオーラともいえる。私たちの内にいますYaHaWeHエロヒムの発散する霊の力線が私たちを包むのであり、これが私たちのオーラとして発散する。これがいわゆる臨在の中に生きることだ。これはおのずと人々に何らかの感化を与え、わたしたちが父に愛されていることを証明する。

父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。-John 17:21-23

旧約においても主はご自分の民を分離の民と呼んでいる。

わたしは、わたしの民とあなたの民との間を区別して、救いを置く。あす、このしるしが起こる。-Exo 8:23

ここの「区別して」と訳された原語は”פְּדֻת”、ピクトグラムとして読むと、ぺー=開かれた口;ダレト=門;タウ=十字架である。すなわち十字架にあって開かれた門であり、その門の内と外が分けられている。門とはもちろんジーザスである。これから「贖い」の意味も生じる。つまりわれわれはポータルなるジーザスを通った民であり、世の民とは区別されているのだ。罪赦された哀れな罪人などではない。もちろん旧い体には罪(Sin)が残るゆえに罪(sins)も犯すが、これは五感のパフォーマンスの問題。霊的アイデンティティは義とされ、聖とされ、完全とされているのだ(Heb 10:10-14)。

しかし、あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都、天のエルサレム、無数の天使たちの祝いの集まり、天に登録されている長子たちの集会、すべての人の審判者である神、完全なものとされた正しい人たちの霊、新しい契約の仲介者イエス、そして、アベルの血よりも立派に語る注がれた血です。-Heb 12:22

かくしてロゴスをギノマイ(ginomai)された者はエロヒムと呼ばれる(John 10:34-35)。またわれわれはI-AMを通して定義された存在である(☞われわれは特異的な民、その意味は?)。ポイントは何を継承しているか。麦粒がまかれたら麦がなる;キリストが撒かれたら、・・・・もちろんキリストがなるのだ(Gal 4:19)。われわれはいのちを与える霊となられたキリストを(1Cor 15:45)、いわば受胎し、わが霊をいわば霊的子宮としてその種を育てている。エクレシア(召衆と呼ぼう)とは神の畑である(1Cor 3:9☞エクレシアはオーガニックなモルフォジェネティック・フィールド)。

もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。-Rom 6:5

この「一体」と訳された原語は”sumphutos”、”sum(with)”+”phuto(grow;geruminate)”であり、KJVでは”planted together”と訳されている。つまり我々の内に置かれたキリストが発芽して成長することわれわれはシェアするのだ。かくしてエロヒムが増殖する(Col 2:19☞エロヒムの増殖[2] … Continue reading

よく氏より育ちと言われるが、神武王朝とジーザス王朝に関しては、育ちよりも氏なのだ。

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1 もちろん霊的な意味である。ちなみにマタイの系図とルカの系図はそれぞれヨセフとマリアの系図である。
2 これは白いキリスト教神学にMCされた者たちには決して理解できない。だから訳語も岩波訳と田川訳は正確に訳している他は見当はずれの意訳となっている。

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