「神化」神学の問題点-YHWHは三パースンズ(神格/位格)にいますユニークなお方-

東方神学では「神化(theosis)」なる神学があり、一言で言えば、「神が人になったのは人が神になるためである」とする。これもYHWH(固有の存在の固有名詞)とエロヒム(霊的生命体のカテゴリー)を混同しているためだ。彼らの意図を汲み取って私的に言えば、「YHWH(の御子)が人になったのは、人がエロヒムになる(その霊のいのちをシェアする)ためである」となろう。ポイントは、YHWH(父・子・聖霊)になるのではない! なお、YHWHは神格でないとするのはそもそも論外である。

すでにこの論点については触れてきているが、今回、FBにて「YHWHはYHWHを生む」、つまり霊が再生され、「御子と一体になった存在(=エクレシア)はYHWHである」との言説があったので、私の立場を明確に表明しておく。

YHWHは父・子・聖霊としています創造主なる最も高きエロヒムにしてユニークなお方の固有名詞(Exo 3:14;Isa 42:8)と共に、「ありてある(hayah asher hayah)」方の本質である。エロヒムにはいろいろ存在するが、YHWHはただ父・子・聖霊なるお方(神格)、他にはいない(Isa 43:11;1Tim 2:5)。

そもそもエロヒムは霊的生命体のカテゴリー(チャートはDr.Heiserによる)であり、これをYHWHと同一視するキリスト教神学が問題であることすでに指摘している。エロヒムを「神(God)」、YHWHを「主(LORD)」とした時点でヘブル語の回路から逸脱する。繰り返すが、父・子・聖霊にいますエロヒムがYHWHであるが、他のエロヒムはYHWHではない。そして、犬が犬を産み、人が人を産むように、エロヒム(霊)はエロヒム(霊)を産むが(John 3:6;James 1:18)、YHWHになる、すなわち神格を得る、わけではない

つまり、私たちはエロヒムの霊のいのちを得て、YHWHと人の唯一の仲保者・人なるイエス・キリスト(1Tim 2:5)の内で聖霊にあって父と子の交わりにあずかるが(1John 1:3)、YHWH(神格)になるわけではない。同じ家庭(同じ人としての生命を共有すること)に生まれても、親とは交わりを得るが、人格が異なるのと同じだ。ウィットネス・リーは父・子・聖霊と教会は四位一体とまで言ったが、一線を超えている。

コロサイ2:19については、岩波版や田川訳では「神の成長を成長する」と直訳されているが、これもYHWHが成長あるいは増殖するわけではない。エロヒム(のいのち)が増殖するのである。YHWH=父・子・聖霊=は永遠に不変なるお方である(Ps 55:19)。その方のいのち(Zoe)、すなわちいのちを与える霊となったキリスト(1Cor 15:45)の内住により(Eph 3:17)、私たちのうちでキリストが形造られ(Gal 4:19)、私たち(の魂、究極的に体も)がキリストのミラーとされていくことである(2Cor 3:18)。

以上、私は「私たちのうちにはYHWHが住まう」、そして「神格との交わりに参与する」、さらに「YHWHのミラーとなる」とは述べているが、「私たちがYHWHである」とする説には同意できないと、私の立場を明確にしておく次第。

なお、アイキャッチの図の”God”は”YHWH”とすべきではあるが(Dr.Heiserによると”God”なる単語は元々バビロニアの神(エロヒム)の名称だったとのこと。ちょうど日本語の「神」が日本固有のエロヒムを意味するのと同じである)。

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