WW2の悲劇の因縁的要因

WW2の悲劇は、すでに米の超長期対日政策「オレンジ計画」が策定されていたことに気づかず、山形有朋が「長州攘夷論」で武闘派路線を取ったことが大きい。伊藤博文の「英米協調論」の融和路線が排除され、日英同盟も破棄されて日本は国際的に孤立。満州も奪われそうになり、大陸へと焦った。

山形の「黄色人種連合の盟主となるべき日本」の妄想が先走ったのだ。明らかに不合理な作戦である真珠湾攻撃へ、かくして見事に米の術中に落ち、大陸と太平洋の二方面戦へと陥り、泥沼化して疲弊する。最後は原爆二発。

これもすでに述べた通り、ノア預言の成就なのだが。

山形が対英米強硬論に走ったのは、下関戦争で受けたトラウマが原因と思われる(片手不自由)。彼の怨念が日本に原爆を招来したとも言える。対する伊藤博文は対韓政策は友好的だったのに、安重根により殺された。歴史に”IF”はあり得ないが、これらの個人的事件が契機となり、日本という国家の命運を決める。

しかもそれが聖書預言のとおりになるという、これゆえ我々的には一連の流れも「歴史の必然性」と見えるのだ。

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