諏訪はとほくになりにけり

今回の同級会参加の諏訪訪問は取り壊された家屋の跡地を確認する目的もあった。また下諏訪の街並みの寂れ方がいっそう進んだことも確認した。駅前のかつて養老の瀧だった家屋はほぼ廃屋、土産物屋に何もない。駅前がこれでは観光客もノレない。

諏訪原人はボールペンの精密バネのシェアが100%とか喧伝していたが、確かにミクロでは精密加工の優れた技術がある。が、マクロ視点がまったく欠如している。経済はミクロとマクロの両視点が必要なのだ。

なにしろみんながシャッチョーさんになりがたる地域だから統合的(マクロ)政策が打てない。ちまちまとした局所的な動きだけ。かつては諏訪湖一帯の行政区が合併する動きもあったが、俺がオレがの地域性のため、住民投票やってぽしゃったとか。なお、合併運動は一応今もあるようだ(☞https://www.suwagappei.com/)。

かくして新生児数が81名(!)って、小学校はふたつあるが、いずれどちらかが廃校になるだろう。東京に役場職員が出張して移住オルグをかけてるらしい(極私的にはあの地に住むのはやめた方がイイ)。雰囲気的にはかつての夕張市を連想する。90年代に何度も訪れたが、その度に寂れていった。で、ついに財政再建団体に堕ちた。

縄文時代は日本列島の中心、黒曜石で潤い、縄文と弥生が同居していた地域。諏訪大社と御柱祭と御頭祭で盛ってるようなものだ。諏訪人は諏訪湖を囲んで、常に諏訪湖を見つめて生きている。諏訪湖は一種のパワースポット。信玄の菱形の宝箱が埋没してるとかいうロマンもある。雰囲気はガリラヤ湖と実に似ている。

古事記ではタケミナカタの神がタケミカズチの神と相撲して負けて諏訪に逃げて来たとある。これが諏訪大社の祀り神であるが、なんと上社門前の店の現地人は知らなかった。縄文の神と弥生の神が同居して祀られ、さらには宮と寺が同居できる「神宮寺」なるワケワカメなモノまでも存在する。

現地の古い「みしゃぐじ」信仰をヘブル語で解釈すると「イサク由来の蛇神」と読めたり、守屋山で守矢氏が執り行う御頭祭とアブラハムのモリヤ山でのイサク奉献譚との類似性など、観光資源となり得る面白い研究テーマがあるのだが、諏訪原人は決して認めない。おらあたちの神はそんな外国の神じゃねえずら~と、諏訪原人としてのプライドが許さないのだ。かようにこの地は実に閉鎖的かつ排他的なマトリックス空間である。

で、この三年間同級会に出てみたがメンツが10名ほどで固定、話題も・・・以下略。来年の幹事を打診されたが、前にやって懲りたのでお断りした。車山コーナーストーンの佐々木さんも逝ってしまったし、諏訪ともいよいよ縁が遠くなることを意識した今回の訪問であった。まあFBで十分だろう😎

諏訪に関わる面白いビデオを紹介しておく。この地は外から見るとけっこう興味を引くのだ。

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