中学同級会雑感

下諏訪中学の同級会、一昨年から参加しているが、メンツが10-11名ほどで固定化。まず、宿、中川旅館、素泊まり5,800円。いやあ、これが年代物、廊下はギシギシ、襖は雨水の跡、トイレは和式(一応水洗)。婆さんがひとりでやってるらしい。



ところが駐車場にはマイFORDと共にPORSCHEが。若者カップルだが、こういった廃墟一歩寸前の宿って好まれているのだろうか?
で、同級会の場所は、下諏訪町御田町の飛やじ。かなり前にもここでやった記憶がおぼろげながら。廃墟一歩寸前の民家を飲み屋にしてるが、それなりにいい味を醸してるのかもしれない。お代は6,000円、味は田舎料理でまあいいでしょうのレベル。



一昨年の同級会では10名中3名がガン、一名自己破産、一名アル中、一名鬱病・・・。「ワクは打つな」と言うと異議唱えるのがいたが(彼とは小学校から一緒だから、預言者は故郷では敬われない)、昨年はついに心筋&脳梗塞と悪性リンパ腫が出て異議はなし、極私的には「お前ら死ななくてよかったわ」と一言。今年は「レプ打ったか」と聞くと、一同シーン。ようやく連中も学んだらしい。
また近況報告で、古代インドでは人生を四段階に分ける:
① 「学生期(がくしょうき)」(0~25歳まで)。青春時代。心身を鍛え、学習し、体験を積む。
② 「家住期(かじゅうき)」(25~50歳)。社会人の時期。就職をし、結婚をし、家庭をつくり、子供を育てる時期。
③ 「林住期(りんじゅうき)」(50~75歳)。真の人生のクライマックス。俗世間の掟にしばられない精神の自由。生活のためではなく生きること。真の「生き甲斐を」を探す。人生の“黄金期”。
④ 「遊行期(ゆぎょうき)」(75歳から死ぬまで)。人生最後の締めくくりの大事な時期。ゆっくりと死を迎える心境で生きる。
われわれは林住期に入ったんだから人生楽しもうゼ的に語るもまったくのスレチ、アウエイというか浮いてる感がハンパない。どうも彼らはまだ働いてるのようなのだ。生活するのでパンパンなのだ。極私的には子供たちもみな独立し、ローンも終わり、世の縛りはまったくないし、生活の心配もない。まあ、自由を満喫させてもらっていることは事実だ。
加えて、「温泉はいいよ」と言うと、諏訪原人、「あたしたち家で毎日温泉入ってるもん」。彼らは家に温泉が引かれているのだと。でも、そうじゃないでしょ、と思うが議論は無駄。同じ単語「温泉」でもその内容がまったく異なるのだ。ぼく的には家で入るのは単なる温泉水の風呂でしょうとなるのだ。これが住んでいるマトリックスの相違なのだ。
かくして、メッセでも語ったが、住んでる世界がまったく異なる感をもろに確認した感じ。彼らは日々の生活がすべて。彼らはその中でいろいろな物を背負い込んでいる。ある女子はゲージツ家を気取る旦那の稼ぎがなく、年金も積んでないと。人生設計が土台から崩れているのだ。この年齢になるとこれまでの生き方が如実に自分の身体や状況に現れてくる。
どうもぼくは昔もだったが、諏訪においては典型的KY。諏訪原人とはほぼシェアできるものがなかったし、今もない。あそこは御柱祭でようやく持ってるところだが、それも他人事だった。同級会はメンツも固定化してるし、話題もしょぼい、来年は出るまでもないか、とやや寂しさを覚えた今回の同級会であった。

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