CT対根田控訴審判決下る-根田氏側完全敗訴、賠償金増額(追記あり)
本日、1310より東京高裁にて本件の判決言い渡しがあった。キリスト新聞がXで速報を上げている。
一審では50万の賠償命令が出ましたが、根田氏側は「CTの矢田氏がダビデ張を再臨のキリストと信じる信仰を隠して峯野牧師の淀橋教会に潜入していた」という事実認定を得たことでほぼ”勝訴”感が漂っていました。が、今回、見事にひっくり返されてしまったようです。峯野対根田は峯野大明神に軍配が上がったということでしょう。一挙に根田氏が追い詰められる形になりました。
極私的には一審終了後、下の記事でこのように感想を漏らしております:
「問題は控訴審がおそらく提起されるであろうこと。その際、今回認定された事実もどう扱われるか、必ずしも予断は許されない。極私的には、所詮はニッポンキ業界の事件であるので、今回はまったくの第三者的立場から見ていることはすでに述べてたとおり。」
私のこの懸念通りになってしまったわけです(実は一審の裁判官の判断傾向については、事の成り行きで情報を仕込んでいましたので)。その「事実認定」こそが根田氏にとっての最大のキモだったのですから。
また控訴審が提起された際の感想としてはこのように書いている:
「さあて、CT側の法律事務所は現在世間で騒がれている「ミツカン種馬」事件をひっくり返した腕自慢のところ。どんな法的構成によって控訴審を進めるのであろう? 根田氏にはまことにご苦労様であるが、ある意味、極私的には一審よりも面白い展開を期待しているところである。」
この「面白い展開」とは何だったのか? まあ、当時のDr.Lukeは何を期待していたのか? ここではあえて言わないでおこう😎
さて、さて、根田氏は本件を最高裁までもっていくのでしょうか?・・・と言っても最高裁は憲法判断と訴訟手続きの過誤などを判断するだけ。「上告」あるいは「上告申し立て」をしても、98%は門前払い(よって実質二審制とも言われる)。今回、根田氏は足元を一挙に崩されました。CT側はさらに根田氏に訴訟を吹っ掛けるようですから、根田氏は追い詰められましたね。どんな訴因をもって根田氏を訴えるのでしょうか?
極私的には2006年に救世軍の山谷真少佐がブログで追求し出した「CTにまつわる疑惑」に関わる一連の訴訟についてとりあえずの結論が出た形となる。当時はメディアが個人を名誉棄損で訴えるなどは不合理であるとして(紙上で反論すればよいのだから)、友人の山谷氏を全面的にバックアップした。結果は事実適示項目のある部分は真実性・真実相当性が認められたが、山谷氏敗訴。これを根田氏はクリスチャン新聞で「引き分け」と報じた。加えて今回は根田氏VS峯野氏の因縁の対決となった形だが、峯野側に軍配が上がった。
最後に、山谷氏と根田氏の裁判を覗いたり、アメリカやカンコクの情報を総合する限り、極私的印象としてはダビデ張氏にまつわる疑惑は解消されていない。むしろ深まっているところである。少なくとも一点の曇りもない真っ白白ということはまずあり得ないと考えている。しかしながら、今回の結果を見ても、裁判所の裁きに耐えるだけの客観的証拠の蓄積がいまだ不十分であると言うことになろう。今後、ニッポンキ業界は化石メディアのキリ新、クリ新は衰退、休刊・廃刊もあるかもだ。他方でCTがメインストリーム・メディアになるだろう。極私的にはますますニッポンキ業界からのエクソダスを勧める次第だ。
追記:クリスチャントゥデイ紙とクリスチャン新聞紙に本件に関する記事が出ている。
これで見る限り、先に書いたように、ぼくの懸念通り一審の肝心の事実認知はほぼ否定された感が強い。すなわち-
<CT矢田社長が『ダビデ張を再臨のキリストと信奉すること』を秘し、峯野牧師を騙して淀橋教会に潜入したこと>
は疑惑レベルだとして否定されている。ただ曖昧なのは「秘して、騙して」が否定されたのであって、『』の信奉内容まで否定されたのか?という点。
峯野牧師の認識に不合理な点があるとは認められない。また、上記②の高柳氏の地位や矢田氏の行動は、両名が未だ張牧師との関係を維持していることをうかがわせるものの、異端信仰を秘して峯野牧師を騙しているとの事実を直ちに帰結するものとまではいえず、疑惑の域を出るものではない
この峯野氏の認識とは-
長年牧師をして多くの人を見てきた私からすれば、ある人物が異端かどうか、信用できるか否かを自分で判断することはできる。矢田氏や高柳氏と関わりを持つようになった後(約20年もの間)、彼らの発言内容や日々の教徒・信徒との交流状況はかなり注意を払って見てきたが、彼らからキリスト教の教義に反するような異端的な言動や行動が見られたことは一度もない
これらを総合すると、矢田氏らは異端的ではないと結論されるわけだ。加えてアンチ峯野牧師たちの主張は認められず、峯野大明神の観察と認識に不合理な点がないとしてることからすると、『』の信奉内容までも認められずってことになるわけだが・・・。
まあ、疑惑の域であることは認められたわけだが、この事実認定が覆されたことは根田氏にとってはかなり後退、というより致命的だ。根田氏の裁判に関わる目的からみると実質全面敗訴の様相となっている。他の細々した事実認定は本件の本質ではないからだ。CT側はまだ根田氏に対して訴訟を準備してるらしいから、彼もしばらく心落ち着くことがないであろう。
追記の追記:根田氏による詳細な報告が出た。
これを読むと裁判長は
「控訴人の新旧の代表者が、異端信仰を有していないことを公にしており、峯野牧師においてもそのことを偽りのないものと判断して尊重していることに加え、ここで争点とされている事項が個人の信仰の自由又は宗教的行為の自由に関わる事柄であり、私人間の民事訴訟で争われる場合であっても慎重に判断されるべき」との姿勢を示した。
ここは私の予測通りだ。この点についてはCTシンパの日本基督教団の臼田牧師に対して次のように回答している。
というわけで、矢田氏やCT関係者がダビデ張をいかなる存在と認識しているかの判断は法律論レベルでは避けられたわけ。まあ、当然であろう。かつてぼくはニッポンキ業界の論理は通じないと指摘した通りである。
「もっと言えば、社会的正義感や、キ業界的異端論などを持ち込める舞台ではない。このことを知らないから、司法は無常だ~とか、信頼できない~とか叫ぶことになる。そもそも裁判とはそういうものであることをまず認めること!」
これが裁判というものである。
追記の追記の追記:今回、根田氏側の成果としてはかろうじて、
一方で本判決は、共同体の元信者でありCTで使役していた証人らが、「張牧師が再臨のキリストであることを示唆する講義を受けた」との事実
という事実認定であろう。「示唆する講義」とは微妙な表現ではあるが・・・・。
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