多文化多人種共生社会の欺瞞の中でのエクレシアのあり方-スピリチュアル・サブスタンスとしてのYHWHの住まいとして-

上のビデオはモスレムが熊本城内でセレモニーを催す光景だ。彼らの社会への浸透、侵食のやり方が次の表である。これはすでに10数年前に英国の友人Pennyさんが指摘し、懸念していたことであるが、英国はすでに手の施しようがない状態に陥っている。悪魔は全世界を欺く者だが、その運命は-

この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。-Rev 12:9

彼女のメッセの内容を紹介しておく(2012年4月30日の記事)。


昨日のシェアリングにおいて、興味深い点を紹介する:

  • 真に聖書信仰に立つクリスチャンに対する迫害が、英国においてすら強まっている。特にイエスの名を公然と証しすることにはリスクが伴う。路傍伝道によって逮捕されるケースもある。
  • いやゆる既製のデノミネーション(教派・教団)は形骸化し、真の霊的いのちを失って単なる宗教に堕している。その中で二人または三人の主にある交わりが回復され、独自の歩みを始めるケースが増加している。霊が再生された人々の自由な交わりの回復が起きつつある。しかしボーン・アゲインしたクリスチャンは少ない。
  • 社会的にはいわゆるマイノリティーが人権とかヒューマニズム的価値観を叫びつつ、権利の拡大を図っており、同性愛を教会においても認めるべきだとかの圧力が強まっている。モスレムもこの流れの中で社会的な力を得ている。クリスチャンが真理に立って、こういった欺瞞をもたらす霊的流れを見張り、かつ告をすべき時である。
  • 牧師とか教師とかに頼ったり、彼らから教えを受けるのではなく、直接に主からの声を聞いて生きることが重要。神の前における単独者として立つ必要がある。クリスチャンが大胆に立ち上がり、真理を宣言する必要がある。
  • ノーウッチ・コーナーストーン・チャーチではいわゆる主日礼拝などはしていない。チャペルなどもない。カフェやスクールなどで自由な交わりをする。神は今ご自身の住まいを得たいと願われる。旧約の幕屋に予表された霊的実体としての神の住まいを建てる必要がある。神はそのための器を求めておられる。神の住まいは建物ではなく、私たち自身が幕屋であり、神殿なのだから。

すでにニッポンキリスト教などは霊的真理を逸脱しているわけだが、英国においてもアングリカンなどは背教の道に進み、社会的にも真に主を証しすることがリスクを伴うようになってきている。ここでも英国や米国の霊的状況を紹介してきたが、生の声としてそれを確認できた。以上、まことに同意するものである。

The Way of The Spirit Official Site


すでにいわゆるキリスト教はバビロン化の道へ堕ちていることは指摘している。

その病理の根源にあるのがニコライ派である。

ルターもカルバンの病理をプロテスタントは継承している。それはセルフ教。

このような現状の中で「先生呼び」を否定したり、いわゆる日曜日に「教会に行く」必要のない自由に交わりを持つ兄弟姉妹たちが徐々に起こされている。それは主に直結する個人の集まり、<エクレシア召衆>の出現である。YHWHの永遠のご計画とは、「YHWHと人が共に住まう」ことである。

このようなビジョンをシェアできる交わり(コイノニア)が至る所で増殖、成長することを祈る次第。

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