故・鹿嶋春平太氏のことば:「ニッポンキリスト教は当初から闇の中だ」

90年代に鹿嶋氏はこう喝破しておられた。まことに本質的な指摘である。FBでもいろいろと交わりをいただいた。今回の辺野古の悲劇は起こるべくして起きたこと、つまりニッポンキ業界の病理の顕在化と言える。ニコライ派の根本的病理であるが、この業界は一度ガラガラポンが要ると20年以上語っているが、だれか反論があるだろうか?
以下、昨年にXにて投稿したポストを再掲しておく:
ふと、書棚にあった本書、2001年初版。懐かしくてパラパラと読み直してみた。ややアメリカを福音的な国家として理想的に描いている部分があるが、その指摘はなるほどである。ニッポンキ業界のことはここでもいろいろと教えていただいた(あ、裏でですが)。
本書でも指摘されているが、日本人は大義(大東亜戦争)はあるとしても、聖書を知らずにアメリカに突っ込んでしまったのだ。そして現在も相変わらず無知のまま、押し寄せるグローバリズムの波に抗することができず、日本の解体の危機に置かれているのだ。
ついでに、「ニッポンキリスト教」なる用語はDr.Lukeオリジナルではない。鹿嶋氏が言いだしっぺである。当時(最初は95年暗いと思うが)、ここまではっきり言う人がいると、ちょっとびっくりしたほどだ。 紹介しておく-
ニッポンキリスト教は出発点から暗闇に入っている
人間の本質に関する問題への解答を聖書から得ようとしても、人間を探求することから始めたら答えは出てこない。出発点から間違った道に踏み込んでしまう。
そして、人間の罪とか酷さ弱さをほじくり出すとに終始する。それを上手に作り話(小話)で表現する作家を最高の信仰者だと思って崇拝したりしている。こうしてどんどん暗路に踏み入っているのが、ニッポンキリスト教の姿だ。
・・・だが、その結果として、日本では神学校の教師もほとんどそうなってしまった。神学校は、牧師や神学教授になるためのお墨付きを出す権限を持っている。そこで、以後の指導者もみなそうなってしまった。かくしてニッポンキリスト教ができ上がったのだ。
他方、一般人は、牧師さんとか神学博士とかの話や、著したものを読んで、キリスト教とはこういうものというイメージを形成する。あるいは一般の信仰者の言動を見て、イメージを形成する。日本国内に住む一般人としては、これしか方法がないのだから、仕方のない話だ。
こうして、全日本人が正統な聖書の読み方に目をふさいでしまう状態ができた。・・・かくしていつまで経っても西洋の本質はわからないという状態が続いてきた。この頃少しづつ変わってきてはいるが、全体的にはまだまだの状態のまま、グローバル時代を迎えてしまった。
これが現代日本である。これはもう驚くべきことであり、大変なことなのだ。
かくしてその後新自由主義などで掻き回され、財務省の緊縮路線で経済は衰退、日本のアイデンティティーを喪失したまま、くらげのようにふらふらと、まことに深刻な事態になっている。で、最近は群雄割拠状態と。
このメッセをした翌日、辺野古事件が起きたのであった。それはアイオーン(時代の霊)に従っておのれの「正義」を主張する輩が必ず陥る罠である。すなわちアイオーンに犠牲の供え物を捧げる行為であり、それはおのれの「正義」という偶像礼拝の結果である。
ニッポンキリスト教はぼくがぶっ壊すまでもなく、自己崩壊するだろう。

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