ニコライ派についての視聴様の証
2026-06-20


一年ぶりに再視聴。 教団教派制と牧師が教祖みたいと感じ、 違和感と苦しみで翻弄された20年以上の期間だったけれど、根本原因の構造が理解できたことでスッキリ解消されたことを振り返る。
羊のように見せかけた狼。真理を取り扱う、この世の唯一、異端ではない正当プロテスタント教会と信じ込んでいた。
最大の原因は牧師を偶然礼拝していたことだった。主を恐れるのではなく人(牧師)を恐れていた共依存状態。
今振り返ると、新約聖書には偽預言者に対する警告、パン種、パリサイ派への警告…の場面があちこちに記されている。旧約聖書には偶像礼拝への警告が度々なされている。
偽物は、本物と見分けがつかないから偽物だった。偽札や偽ブランドを思う。サタンは見つからないように隠れるからサタンなんだ…と思い知った。
セコンド・エクソダス後YouTubeで観てきたメッセージのほとんどから…聖書がヒューマニズム、世の道徳本と感じた。
善悪の木の路線視点からの教えだと感じた。
先生と呼ばれるニコライ制度を、宗教の教会組織は他人事と受け取っていると思う。今この恵みの時代のうちに気づいてほしいと心から思う。最近までは教会組織への嫌悪感・憎悪感ばかりだったけれど、 どうしてあれほど苦しかったのかの根本的原因が明らかにされ、徐々に主にあるアイデンティティが回復され身体もたましいも癒されようやく健全な状態でスタートラインに立つことが出来た。
もうネガティブな感情に支配されることが無くなり、同時に主が牧師個人を通してしてくださった良き事を思うようになった。どうか隠れた偶像礼拝に気づいてほしいと心から願う。Amen✝
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