タグ: いのちの道

フェイス

詩編51編5節は原罪を説くか

この編はダビデがバテシバと過ちを犯した後、預言者ナタンによって諫められた時、YHWHに対する悔い改めのことばである。 ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。(新改訳旧版) 新改訳には常に訳 …

フェイス

アダムの違反とは何か?

というのは、律法以前にも罪は世にあったが、律法がなければ、罪は罪として認められないのである。 しかし、アダムからモーセまでの間においても、アダムの違反と同じような罪を犯さなかった者も、死の支配を免れなかった。このアダムは …

フェイス, 漢詩

道とは善と悪を超える生き方=ハイパーライフ-老子第二章

みな善の善たるを知るも、これ不善(ふぜん)のみ-老子第二章 罪とは善と悪を知る木の実を食べたことであった。すなわち善と悪の二元論の世界に落ち、絶えず自分で判断する生き方をすること。真理は全と悪を超えたもの、それは道なるジ …