いのちの木と善悪の木の生き方
- 2010/04/13 11:27
- Category: 信仰
これについては私のシェーマをご参照して欲しいのですが、このエデンの園で与えられた二つの木の生き方は、現在の私たちの信仰の課題でもあります。
mixiで「霊精神身体医学研究会」のコミュの管理者である内科医のSkyさんのブログに、実にうれしい記事がありました。何と、この二つの木の生き方を説いている海外サイトがあるのですね。
ちょっと引用させていただきます:
【海外のサイトより:命の木の生き方とパリサイ人について】
(以下、http://www.christian-faith.com/forjesus/tree-knowledge-good-and-evil-0より、引用)
神の国に入る私たちは、その日、あらゆる物事が素晴らしいものになります。
今でさえ、悔い改めて善悪の木から方向転換することによって、イエス、つまり命の木の方を向くことによって、私たちは、神をもっと喜ぶことができます。もし、私たちが正しい木から食べて、他人からの誘惑(=善悪の知識の木から食べるということ?)に「No」と言うならば、私たちは、また、他の人にとってもっと大きな祝福となることができます。
このパリサイ人たちは、宗教的な強い情熱をもっていた、しかし、それは命の木ではなく善悪の木に根ざした情熱でした。
イエスは彼らに言った、「また、神がつかわされた者を信じないから、神の御言はあなたがたのうちにとどまっていない。 あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしのもとにこようともしない。」(ヨハネ5:38-40)
いやあ、これは実にうれしい記事です。ニッポンキリスト教の荒廃ぶりにはもう何も語る気も起きないのですが、こういった少数の人々を主は残して下さっているのです。終わりの時代、神の敵は躍起になって、キリスト教なる宗教体系やその神学・教義を用いて、このいのちを見えなくしているのです。励まされます、感謝です。
HS(Sky)
記事を引用して頂きましてありがとうございます。
ニュートンの「運動の法則」をモデルとして、この世の物理現象がすっきり理解できるようになったように、「命の木と善悪の木の生き方の違い」という法則(のようなもの?)を適応すると、聖書理解や信仰生活のいろいろの問題が、すっきりと理解できるようになると感じています。