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獨鳥意不窮-一石

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(七絶・平起式・上平声一東韻)

花叢(かそう) 翠柳(すいりゅう) 春風を擅(ほしいままに)す
荷葉(かよう) 依依(いい)として 趣(おもむき) 同じからず
流鶯(りゅうおう) 伴を求め 鳴く聲 響く
獨鳥(どくちょう) 池に臨み 意 何ぞ窮(きわま)らん

花が咲き乱れ、緑の柳の葉も茂り、春風に自由気ままに揺れ動いている。蓮の葉も一枚一枚の趣はみな異なりつつ、生き生きと開いている。あちらこちらを飛び回る鶯は伴侶を求めてしきりに鳴き響き合う。そんな春の華やかな雰囲気の中で、一羽の鳥が池の中に、何かもの思いに沈むように佇んでいるが、その気持ちをどうして理解してあげることできるだろうか。

実はこの独鳥に詩人は自分を投影しているのだ。その自分の物憂い心を誰が理解してくれるだろうか。春はしばしばそれが明るく華やかであればあるほど、人の心の寂しさとか憂い、あるいは人生の儚さを、逆に際立たせるのだ。

これと似ている詩も紹介しておこう。蘇軾の『東欄梨花』。

梨花(りか)は 淡白(たんぱく) 柳は 深靑(しんせい)
柳(りゅうじょ)飛ぶ時 花 城(じょう)に滿つ
惆悵(ちょうちょう)す 東欄 一株(いっしゅ)の雪
人生 看得(みう)るは 幾(いく)淸明(せいめい)

嗚呼、人生は儚きもの・・・・。柳絮(やなぎのわた)のようにどこからきて、どこへいくものかもしれない。人生、何回清明を見ることができるのだろうか・・・。まことに曹操が歌うが如し、人生幾ばくぞ、と。

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