Entry

トップ > 映画 > Dr.Lukeの一言映画評

Dr.Lukeの一言映画評

ファイル 774-1.jpgやっと観てきました。アカデミー賞受賞作品『おくりびと』。Salt氏も最近観たようで、感想を書かれている(→こちら)。舞台が山形なので、Takoちゃんつながりとのことで、出向かれたようです。

まず第一の印象。テーマはなかなか深くて、描き方もけっこうカタルシスできる作品。難を言えば、「生と死」の扱い方が日本的な曖昧さで、情緒面に流れていた(それは仕方ない)。納棺師と言う、ハレの舞台俳優ではなく、いわばケガレ役を引き受ける人々(葬儀屋もやりたくないので下請けに出すわけだ)。もっくん扮する大悟が、数々の死に直面し、修羅場や感動的な場面を経て成長し、その仕事に徐々に意味を見出し、最後には自身が失っていた・・・を再び獲得するまでの過程を、時にユーモラスに、時に涙腺に訴えつつ描く。

焼き場の係官が親しき女性に火をつける直前の言葉、「人間は死で終わるのではない、死は新しい旅立ちへの門だ」はけっこう琴線に触れる。私も最近は死への備えを考え出している。すでに10年前に墓は入手しているし、いつでもレディ状態。この門をくぐるとき、果たして私は何を経験するのであろうか。親父が逝く直前、意識が戻ると「これから何が起こるんだ」と言った場面を思い出す。誰もが必ずくぐる門。私はどんなくぐり方をするのだろう。役割が終わったらさっとくぐりたいと願ってはいるが。

ちなみにこの作品の中で台詞はなく、ただ微笑み、また死体となる役どころだった峰岸徹も、その役のままに、この作品を最後に逝った。享年65歳、癌だった。大悟は自分の父の死に直面して「70年間以上生きてきて、ダンボール箱ひとつを残しただけ。この人の人生は何だったのだろう」とつぶやく。確かに、物質的な生きた証はほとんどない。が、大悟の妻のお腹には彼の孫が宿っているのだ。いのちのつながり。私たちの役は、次の代へといのちの糸をつむぐことなのだろう。

映画はやはりキャストですね。もっくんはチェロと納棺式の特訓で本職並みの技量を会得したようだが、なかなかに凛とした様はすがすがしくてよかった。社長の佐々木を演じた山崎務もユーモアを漂わせつつ、渋く演じていたが、どうも故伊丹重三の『マルサの女』の権堂商事の社長と重なってしまった。その台詞、(バックの亡き奥さんの写真を振り向いて)「あれ、死んだ家内。いやあ、先に逝かれるとつらくてさぁ」は私の台詞ともなるだろう。私はカミさんに看取られたいと願っている。

社員の上村役の余美貴子は地は美形なのだが、訳ありで、微妙にやつれた元ホステス役が実にうまい。で、Salt氏も指摘していたが、妻役の広末涼子、彼女はどうも『ぽっぽや』や『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』など、何をやっても同じだ。演技が田村正和なのだ。が、あまり追求しないでおこう。

Access: /Yesterday: /Today: