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パチンコ店放火事件

昨年の今頃もアキバ事件が起きた。大学の講義で秋葉原が危ないと何度も語っていた時だったので、学生たちも驚いていた。後期は大学のキャンパスや六本木ヒルズあるいはお台場といった場所が危ないと警鐘を鳴らしていた。そのとおりに中央大学教授刺殺事件やヒルズでの刃物振り回し事件が起きた。

そして今年も、同様の光の当たる場所や人が集まる匿名性の高い場所が危ないと警鐘をならしていたが、今般パチンコ店での放火無差別殺人事件が起きた(→記事)。動機も「誰でもいいから、通り魔のように人を殺したかった」とのこと。これも最近の一連の事件と同じ。

要はこういった社会の底辺に沈殿する人々が相当にいるということ。彼らは常に自分を疎外する社会に対する恨みと共に、その病んで屈折した自己表現の手段を求めているのだ。小林多喜二の『蟹工船』が170万部のベストセラーとなる今のニッポン、ほとんど社会崩壊の臨界点に達しつつある。ニートが80万、フリーターが(定義によって異なるが)220万、あるいは420万(非正規を含む場合)、失業者数280万、引きこもりが潜在的に100万。東京都ですら世帯の過半数が年収500万未満。

病んだ人の屈折した嫉妬や憎悪や恨みの感情はどのような形で表出されるか分からないのが最も怖い。KFCでもガソリンをまかれて火をつけられることを一番警戒している次第。力のない女でも簡単にできるからだ。というより、自分を弱者や被害者と感じる者がなす方法である。そしてこちらに防備の術がない。ニッポン社会とニッポンキリスト教は合わせ鏡であると10年間指摘し続けているが、正直なところ両者にあって、私の警鐘がそのとおりになりつつあることに戦慄を覚えている。

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