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私は宿題が嫌いだ!

Salt氏が叫んでいます。実は、私も宿題はまともやったことがない。小学校1-4年までの担任はなかなか素晴らしい人で、今の私があるのはその人のお陰と思っている。ご子息も私と同学年で、あちらは現役で東大法学部に入学。今は故郷の地裁で判事をなさっている。当時のわが同級生はかなり優秀で、千葉大医学部、秋田大医学部、早稲田文学部、東京電気大、慶応工学部・・・と、当時としてみると相当にハイレベルだったが、その先生はあまり宿題を出された記憶がない。

それでも夏休み(田舎は2週間程度と短い)の終わりになると宿題が溜まり、これが嫌で嫌で、今思い出しても悪夢。当時漢字の100字書き取りの宿題があった。同じ漢字を100字書くのだが、これがまた苦痛で、溜めるとほんとに地獄。そこで私はどうしたというと、例えば「例」を一字一字100回書くのは塗炭の苦しみなので、100マスにまず「ノ」だけを書き込む。次に「|」を書き足す。次に「-」を入れて・・・と各部品を次々に足していくわけ。お陰で今では漢字は麻生氏並み。

まあ、Salt氏の紹介の五味太郎氏の言うとおり、「学校自体がいじめ」には賛成だし、さらに私的には「ニッポンキリスト教自体がいじめ」と言いたいところ。いわゆる勉強が面白くなったのは高校時代。数学は元々好きで、友人の数学の天才森君が雑誌『大学への数学』を教えてくれて、これが刺激となった。かくして微分積分は独学。その後『大数』には私自身も記事を書いたり、『大数ゼミ』でも教えたりもした。社長の黒木正憲先生(数学を教えているのに、何と東大法学部卒!)のとのおつきあいはここでも紹介した。まあ、学校で教えてもらうなんてことがそもそも幻想なのだ。これはいわゆる"教師"になる連中を見てみればわかる事。"牧師"も同じかもだが

思い起こすと、志望しない高校入学時は300人中150番、まったくやる気なし。それでも生物の先生が面白い先生で、生物に力を入れたら98点。それで他もちょっとやったらいきなり9番。次は7番、2番。トップのヤツはダントツの伝説的存在だったのだが、ここまで来ると引きずり降ろしたくなって、ついに1番。さらに高校2年の秋、旺文社の全国模試で10万人中300番に入ったことがきっかけで、何を血迷ったか東大を意識してしまった(これがわが人生の最大の過ちだ)。こういうわけで、あまり学校の教師から教えてもらったことはない。そもそも自分で学ぶことの方が楽しいわけで、宿題なんぞは主権侵害、プライベートの干渉であると思う次第。

かくしてこの年になって夏休みを完全フリーで楽しめる境遇は実にありがたい。誰にも干渉されないことの喜びと言うべきか。ま、宿題ナンぞは全廃すべきでしょう。学校なども解体してもいいかもだ。だいたい、人から聖書や金儲けの方法を教えてもらおうとか、そんな幻想を追いかけるから、わけの分からん牧師や詐欺師にボラれるわけだ。情報は自分で集め、自分で学び、自分で決断し、自分でその実を楽しむべきでしょう。ねっ、ニッポンキリスト教のおりこうさんのみなさん!

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