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Dr.Lukeまでも霊の戦い!?

BBSにも投稿があるが、かつて私も『リバイバル新聞』に記事を書き、論説委員までしていたことがある。私の記事は同紙においてはかなり異質だったようで、「Dr.Lukeって一体何者だ」的な反応があったり、記事の内容に激怒して編集部に電話を入れてくる御仁や、さらには購読を止めると言ってきた者たちもいたそうな・・・やれやれ。かくして私はお役ご免となったわけだが、私も居場所を間違ったと、今は納得している。

何しろ当時、私は日本に『メインライン(M)』、『福音派(E)』、『聖霊派(C:さらにはカリスマ派とペテンコステ派に分かれるとか?)』なるものがあることも知らなかったのだ。まあ、言い訳をすれば、山口組にどんな亜流があるか知らなくても社会生活は送れるわけで、霊的生活には何ら差し障りはない。むしろニッポンキリスト教との接触で、ビョウキの人に絡まれてわが人生の静謐さが乱されるようになってしまったのだ。

で、Mは学問がないとしてEを馬鹿にし、EはさらにオツムガないとしてCを馬鹿にしている。かつてピーター・ワーグナーとシンディ・ジェイコブズの"とりなし"で、EとCの看板のセンセイたちが"手打ち式"を執り行ったビデオを拝見したが、何だか臭くてやや蕁麻疹が出るようなムズムズ感を味わった。どうもこのギョウカイ、こういったキモイものが蔓延る傾向があるようだ。普通でいいではないか。嫌な物はイヤ、好きな物はスキと。あえて「一致」だの、「愛し合って赦し合って」とか、不自然なことを企画するから倒錯が起きる。そして当人たちは倒錯していることも気づいていない。

「霊の戦い」も好きな人々がいるようだが、昨日の私のメッセージで、「何だDr.Lukeも同じか」と思われないように、ここで一言予防注射を打っておきたい。「霊の戦い」は実はすでに終わっているのだ!主は勝利された!そして私たちも主のうちに置かれている故に、自動的に勝利者なのだ。聖書にはそう書いてある。それはちょうど裁判所で判決が出ているわけ。その判決に従って、私たち神の祭司団は地上で執行をする役を仰せつかっているのだ。それは自分勝手に赤紙を張るのではなく、判決に従った権威の行使である。これをどんでもなく間違って自分勝手をやって墓穴を掘る人々が多い。サタンの逆襲を受けるのだ。当たり前である、判決にないことを主張したら、やくざ屋さんも当然怒るでしょう。ただし、判決が出ていても、あえてそれに従わない「2ちゃんねる」の管理人西村博之みたいな者もいるわけだ。その時には神の直接介入がある。

かくしてエペソ書の構造である、<座る>ことがポイント。座るとは私たちがまず天の裁判所の判決に服することだ。主が成就された事実の中に休むこと。この安息を飛ばして、戦いをする人々はたちまち足をすくわれる。そして判決に従って<歩む>こと。これも下に書いたとおり、法にのっとって歩むのだ。自分の髪を自分で引っ張って飛ぼうとする愚かさに落ちないように(クルシチャン症候群)。最後に敵に対して<立つ>のだ。この順番を誤ると、精神病理学的にはパラノイドに陥る。何でもかんでもサタンや悪しき霊の攻撃じゃあ~ッとして、常に戦々恐々。誰を見ても敵の差し向けた刺客に見えてしまう。こうして被害妄想を抱き、自滅する人々がかなり多い。加えて"声"を聞く人々や、妄想に生きる人々。この世界では彼らの方が"霊的"に見えてしまうらしい。

このニッポンキリスト教なるギョウカイと関わって分かったことは、精神病理学のサンプルに事欠かないこと。かくして聖霊派はパラノイド人格を、ホーリネスは強迫性人格を、福音派は解離性人格を、次々と生み出している。そんな中で見かけだけ有名人や政治家を集めた煌びやかなパーティが催され、「あなたも私も神のVIP」とヨイショする光景。そんな金の子牛を囲んで踊りを踊っている間に、『クリスチャン・トゥデイ』などの偽りがきわめて巧妙に侵入しているのだ。

霊的に麻酔されて、気持ち良さや、己の栄光を求める傾向がますます蔓延りつつある。これも私が数年前から言っているとおりであるが、昨年の松沢牧師の覚醒剤殺人事件、今般の日本キリスト教団の教職者の淫行逮捕事件、そして韓国最大の教会の長老にして人気歌手による覚醒剤所持逮捕事件。再度繰り返すが、これはまだ序章に過ぎない。神がみわざを真になさる時には、人の建てあげた物は一旦更地とされる必要がある。この時、自分で建て上げた人であればあるほど、損失も大きくなる。故にそのような神のみ業に必死に抵抗するであろう。自分が神を相手にしていることにも気がつかずに・・・。かくして自分は神のために仕えている確信しつつ、神のみ業と戦ってしまうのだ。これはかつてのユダヤ人の歴史でもある。

ああ、なんと言う愚かさ。誰か神に敵し得ようか。自分の物を失った人は幸いである。それもできるだけ早い時期に。主はご自身の業を建て上げてくださる。そして敵はそれに決してタッチできないのだ。復活の領域にあるもの、イエスの血の塗られたものだから。もし生のものであれば、聖霊派がやるようにいくら声を張り上げて「イエスの血!」と叫んだところで無意味である。その時は失うべき時だからだ。早く手放した者は幸いである。失えば、復活の領域でイエスの赤紙が張られて返されてくる。それは私に所有権はなく、所有権はイエスにある。かくして神の主権が地上に行使されていく。これが現経綸における神の業である。

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zion

むかしむかしリバイバルミッションの聖会が大阪の超一流のホテル(帝国ホテルだったかな?)で開催されたことがありました。あまりにも参加費が高いので、怒り心頭、事務局に文句の電話をかけたことがありました。

「これでは恵まれたいと思っている貧しい兄弟姉妹が参加できないではないか!安い会場でやれないのか。」と・・
ご意見参考にしますとのこと、納得のいく回答は得られませんでした・・

当時は結構純粋だったのです。
今じゃ馬鹿らしくて行きませんが。

  • 2007/12/03 20:14
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  • 2007/12/04 11:16
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Luke

Yさま、そうですか、何か勘違いしているんでしょうね、彼らは・・・。

  • 2007/12/04 11:38
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Luke

しかしどうもあそこには「なり・すまし」氏が出現しているようです。しかも「Dr.Luke」氏に語りかけている御仁がいます。倒錯もここまで・・・。私は山谷さんのように応答する気力はありませんので、こちらに来てお話しませんか?

  • 2007/12/04 23:03
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