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忠臣蔵人物列伝其の参

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今日の日経夕刊によると『忠臣蔵』が歌舞伎の世界で流行だとか。「仮名手本忠臣蔵」が歌舞伎座と松竹座で、池宮彰一郎の「最後の忠臣蔵」が明治座で演じられる。ご存知のとおり、「仮名手本」では、大石、浅野、吉良がそれぞれ大星由良助、塩冶判官、高師直となる。もちろん脚色があるのだが、それでも浪士一人ひとりの人生の展開と終焉は考えさせられる。

歌舞伎座では松本幸四郎が大星を評して

主従というより人間としての情愛を大事に演じたい。由良助は浪士一人ひとりの人生をまっとうさせてあげた人

とし、仁左衛門は祇園で遊ぶ大星について

遊びなれた男の色気と、あだ討ちの大望を秘めた性根の硬軟の兼ね合いが難しい

とする。

「最後の」では四十七士の中でただひとりの足軽であった寺坂吉衛門のその後の過酷な生涯を描く。彼については、義士たちの証言によると、あだ討ち後逐電したとされているが、一説には大石から命じられ、各方面への連絡係また歴史の証人となるべく、汚名を着せられることを覚悟の上に、生き延びたとするものがある。いずれにしろ、義士たちはきれいに腹を切ったのに、足軽とは言え、彼が生き延びたことに対する世間の風は冷たい。

そして最悪の汚名を着せられているのが、宝蔵院流高田派槍術の名手とされた高田郡兵衛である。浅野家が断絶する後も大石に対して強行に篭城を主張。が、赤穂城は明け渡され、郡兵衛は江戸にて堀部安兵衛らとともに江戸急進派として、今度は仇討ちを強硬に主張する。大石内蔵助は彼らの軽挙暴発を警戒し、彼らを抑える。ところが、なんと12月に彼は突然脱盟するのだ。

理由は郡兵衛の伯父にあたる旗本内田三郎衛門元知の養子になる誘いを受けるも、彼は「存じ寄りある」と断った。しかしこれを聞いた内田は「それは敵討のことか。養子になれば守秘するが、ならなければお上に訴え出る」と言い出し、やむなく他言しない条件で郡兵衛は受け入れたとようだ。

森村誠一の『忠臣蔵』では、内田の娘と懇意になり、彼女と祝言をあげて内田家に入るが、同士を裏切った自分の安逸な生活に悶々とする中で、吉良方の策略によって、内田が密告したと思い込み、血気にはやる郡兵衛は内田を切る。かくして追われる身となった彼は、絶望の中で泉岳寺の浅野の墓前で腹を切るのだ。

しかし実際はどうか。郡兵衛は、その日には自分も腹を切ると約束して脱盟したが、江戸急進派の顔に泥を塗る事になり、同志らは相当に憤慨し、いざ吉良を討ち取り、首を浅野の墓前に供えた際、郡兵衛は祝い酒を持参して現れたが、かつての同士たちから罵声を浴びて追い返されたようだ。そして何と義士たちが腹を切って果てた後も、彼はのうのうと生き延びてしまったのだ!かくして彼の名は、おのれの命を綿々と保ったと裏切り者として、地に落ちることとなった。内田家も彼を放逐した説もあり、晩年は不明。

まさにここに運命の糸を見る。高田は腕もあり、血気盛んであり、大石にとっては一番の頭痛の種だった。彼ら江戸急進派が勝手なことをすることは幕府に口実を与え、大石の計略が一挙に崩れる危険性があったのだ。この意味で彼の脱盟は大石にとっては絶好の事件だった。江戸急進派も面子がつぶれることになり、大石に従わざるを得なくなったわけだ。

私たちのよく知っているペテロも血気にはやる人物だった。主の死の予告を聞いて、「さあ、いっしょに行って死のう」とか煽ったり、まあ、言動が軽く、他の弟子たちはいざ知らず、自分だけは死に至るまでも主に従う、と大言壮語したあげく、あの体たらくを見せる。しかし彼は回復した後、彼のメッセージにより3,000人が救われ、またローマ帝国による迫害の中に苦しむ兄弟たちを励ますことができる器となり、最後には逆さ十字架につけられている(伝承)。そこで遠藤周作をして「あの女々しかった弟子たちが、十字架の後、なぜあのように大胆になれたのか不思議だ。そこには何かXがあったと言わざるを得ない。このXとは、いったい何なのか」と言わしめるのだ。さて、みなさん、このXとは何なのでしょう?

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というわけで、霊的真理は古いいのち(魂)の死の後に新しいいのち(霊)の復活があることを証明しているわけだが、残念ながら郡兵衛には復活がなかった。日本史が続く限り、彼の汚名は濯がれないのだ。ちなみに森村誠一が高田郡兵衛を主人公にした小説を書いている。題して『武士の尾』。郡兵衛はなにゆえに脱盟したのか、その後の彼の苦悩はいかなるものであったかを描く作品らしい。実はかく言う私もまだ読んでいないので、この冬の読書リストに加えるつもりである。

たかがニンゲン、されど人間。人生は馬●の阿○の絡み合い。そこに綾なされるそれぞれの人生。これ以上に面白い存在はないと、YAZAWAではないが、最近しみじみと思えるようになってきた。特に郡兵衛や、先に紹介した萱野三平のような、失敗者・落伍者に対して心惹かれるものがあるのだ。そして大石はそれぞれの人間性と人生に対する洞察鋭く、それぞれを遇したのだ。彼の大願成就の秘訣は、人間を知っていたことにある。

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