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戦後70年の節目、ニッポンの明日はどっちだ?

朝のジョッギング、いつもながらエクスタシーだ。本日はこれからプールとサウナの後、午後は所用で映画はなし。

さて、いよいよ明日、戦後70年近くになるあす総選挙。民主党については私は当初からニッポンを崩壊へと導くと言ってきたが、自身もimplosionして終わろうとしている。この間の代価はあまりにも大きかった。一方の自民党は憲法改正を射程に入れているが、内容はかなりアブナイ部分があるようだ。私はかねて言っている通り、9条改正の上、自衛隊を自衛軍にし、核武装をすべきと考えているが、今回の改正案はそれより先に行くようだ。70年というひとつの聖書的節目を迎えつつあるニッポン、これからのゆくへは・・・・。

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かの12月8日、真珠湾からはじまった太平洋戦争。これはルーズベルトのシカケに見事に乗せられたのが真実であると前にも本書『真珠湾の真実―ルーズベルト欺瞞の日々』を紹介した。アウトラインはこちらを参照。

私の歴史観は皇国史観でも、東京裁判史観でもない。精神病理史観と言える。すでに何度も書いているが、アメリカの対日長期政策により、<開国=政治的去勢>、<敗戦=軍事的去勢>、<バブル崩壊=経済的去勢>、<原発事故=倫理的去勢>と、4面において去勢されているのだ。精神分析学的にはエディプス葛藤を経て自立へと至る過程を破壊されている。よって、アメリカの属国の立場からは、普通のプロセスを経ることによっては、今後とも 解 放 さ れ な い。真の自立のためには霊的次元での覚醒が必要なのだ。いわゆる安保の傘の下、ぬくぬくと去勢されたことにも気づかず、自立への努力すら放棄してきたわが国、今後は世界情勢の荒波の中に裸のまま投げ出されることもあり得る。

それにしても、このような大きなシカケの中で、WW2において自ら大義のために死を選んだ若者がいたことは否定できない事実。彼らは事の真実を何も知らされずに散った*1。彼らを想うとき、私は内側からこみあげるこの感情を抑えることができないのだ。最近は軟派系音楽ばかりだったが、実はこの曲もかなり入り込んでいる。わがカラオケのレパートリーの一曲。


群青

谷村新司 作詞/作曲

空を染めて行く この雪が静かに
海に積もりて 波を凍らせる
空を染めて行く この雪が静かに
海を眠らせ あなたを眠らせる
手折れば散る薄紫の
野辺に咲きたる一輪の
花に似てはかなきは人の命か
せめて海に散れ 思いが届かば
せめて海に咲け 心の冬薔薇

老いた足どりで 思いをめぐらせ
海に向かいて 一人佇めば
我より先に行く 不幸は許せど
残りて悲しみを 抱く身のつらさよ
君を背負い歩いた日の
温もり背中に消えかけて
泣けとごとく群青の海に降る雪
砂に腹這いて 海の声を聞く
待っていておくれ もうすぐ帰るよ

空を染めて行く この雪が静かに
海に積もりて 波を凍らせる
空を染めて行く この雪が静かに
海を眠らせ あなたを眠らせる


 

*1:私の叔父もシベリアに抑留され、極寒の中肺炎で逝った。祖父たちには爪だけが返されたそうだ。

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