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本日の一冊

ファイル 905-1.jpg山崎豊子の待望の大作『運命の人』(全4巻、文藝春秋)。ここでも前に紹介したが、佐藤内閣の頃、沖縄返還交渉において、土地の現状回復費用400万㌦を日本側が供出するも、表向きはアメリカが支出したことにするという秘密交渉をスクープした毎日新聞記者西山太吉氏をモデルとする作品。

西山氏はこの機密文書を社会党議員に漏洩。政府は国会で追求されることになる。が、政府側はその文書を入手する過程において、西山氏は外務省の女性事務官と肉体関係を持ち、彼女をして情報漏えいせしめたとして西山氏と事務官を告発、両氏は逮捕される。これにより形勢は逆転。毎日新聞は倫理的に世間からのバッシングを受け、ついに日米秘密交渉そのものの追求については世間の関心から消える。かくして毎日新聞自身も不買運動により、オイルショックの影響もあり、実質的に倒産。その後、先に紹介した創価学会と共産党の協力路線を支持し、『聖教新聞』の印刷を請負い、ようやく再建を果たす。ちなみにこの創共協調路線のお膳立てをしたのは、何を隠そうあの松本清張なのだ。
続き
その後、2008年9月に最高裁が上告を棄却して、刑が確定したことは前に書いた(→こちら)。先月の『文藝春秋』に山崎氏がこの作品を書く経緯を語っていたが、取材と執筆に10年がかかった。なぜなら当時の資料は裁判所側も含めてほとんどが散逸していたのだ。意図的か、不注意かは分からないが、しかしこれほどの事件の資料を不注意で散逸することはなかろう。ところが神の摂理が働いていた。ある弁護士が個人的にすべての資料をきちんと保管していたのだ。これで山崎氏は一挙に作品を完成することができたわけ。

かくして炙り出されるアメリカとニッポンの病理的な関係の象徴としての本密約の存在。時の政府は完全否定しているわけだが、これを認めたら「沖縄を金で買った」ことになるわけで、絶対に認められないタブーなのだ。「本作品は小説ではない」と山崎氏は語っているが、確かに主人公の豪腕記者の西成亮太と外務省事務官三木昭子が接近していく過程を非常になまめかしく描いている。山崎氏の筆は綿密な取材に基づき、きわめて客観的かつ冷静なのだが、『白い巨塔』でも言えるが、男女のaffairを描くときには実にリアルなのだ。

国家と国家の病理的関係を暴露する最高機密文書の漏洩に、こういったfactorが働いている点が実に「事実は小説よりも奇なり」をママに行っているわけで、それだけに世間の耳目を引いたのだった。しかし、その世間の関心はこの男女のaffairに釘付けにされ、本件は単なるセックススキャンダルとして処理され、肝心の日米秘密交渉の追求がどこかに消えてしまったわけで、政府はまさに三面記事を好む大衆のマニュピレーションに成功したと言える。結局は国民と政府は合わせ鏡なのだ。主イエスは「弟子は師を越えることはできない」と言われたが、同様に国民は政治家を超えることはできないし、そのまた逆も言えるのだ。(これは、まあ、牧師と信徒にも言えることだが・・・・)

というわけで、今般の厚生労働省女性局長逮捕事件も、テレビでは天下り先の確保とか、将来の政治家への道を考えての公文書偽造との説も出ているが、もっと深い裏が十分にあり得るのだ。マジックの定石は観衆の目と注意を真のネタから逸らすことにあるのだから。

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