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詩篇139編16節

先に引用したこの節、日本語ではこうある:

あなたの目は、まだできあがらないわたしのからだを見られた。わたしのためにつくられたわがよわいの日のまだ一日もなかったとき、その日はことごとくあなたの書にしるされた。-Ps 139:16

ここの「からだ」と訳された単語は「サブスタンス(substance)」、つまり実質、本質、実体だ。別に肉体だけを指すのではない。私という存在そのものを言っている。世界は神のレーマによりフレーム化されている(Heb 11:3)。神がご自身の信仰を語り出すことにより、創造のみわざがなされた。この原則はすべてに通じる。なぜなら信仰によらないことはすべて罪だから(Rom 14:23)。そしてこれは私たちに対する神の処方でもある。この詩篇によると、神は私たちをもご自身の信仰の中に置かれているのだ。まだ完成されていないサブスタンスをすでにご覧になり、その書の中に書き記されたのだ!ハレルヤ!

私たちはよく自分は信仰が弱いとか、小さいとか、いろいろ自分を見て主張する。これ自体が実はプライドの裏返しなのだ。私たちは神の信仰によって生かされている。その神の信仰がこの時空間の時系列の中でひとつひとつ成就していく(立証)。だから主は言われた、「神信仰を持て」と(Mark 11:22)。ここはすでに指摘しているが、神信じなさい、ではない!神信仰を持て、だ。WOW!まことにヘブル11章にあるとおり。

さて、信仰とは望んでいる事柄のサブスタンスであり、まだ見ていないものの立証である。-Heb 11:1(私訳)

私たちは全宇宙を創造された神の信仰のうちに置かれ、その信仰によって生かされている。どっぷりと神の中に浸かり込んで、その中で自由に生きることが許されているのだ!そして私たちが信仰を得たならば、あとなすべきは、語ること。言葉を発すること。そうすれば、私たちは自分の望むものを得るのだ。

「私は信じた。それゆえに語った。」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。-2Cor 4:13

私たちはその同じ信仰の霊を持っている!

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