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奪われているスピリチュアル・グラウンドを取り戻す

今年はヨベルの年、またシュミタの年である。ヨベルの年には、奴隷は自由となり、負債は消失し、土地も戻される。つまり「GET BACKの年」。年度頭にそのことをメッセージした。

さて、それぞれにおいてはいかがであろうか?いや、自分はまだ失ったものを取り戻せていない;事態はむしろ悪くなっている;どうやってゲットバックすればよいかもわからない・・・。いわゆる聖霊派でやるような念をこめた祈祷によって、「主の名によって命じる、○○よ戻って来い!」と叫んでもあまり効果はない。なぜか?それは霊的グラウンドを取られているから。目に見える五感の領域におけるアレやコレに戻って来い!と叫ぶのは単なる宗教儀式、いや迷信だ。

霊的なグラウンドを、まず取り戻す必要があるのだ。それは、自分の罪、自分の野心、自分の欲、自分の達成、自分の満足、自分の能力などなどを優先した結果、この世の霊や罪と契約を結んでしまっている領域である。そこからは主が排除されている。要するに主以外のものを置いている領域、二心の領域である。祈っても叶えられないとか、癒されないのは信仰がないとでも言うのか、とか叫ぶ領域である。

メッセでも語ったが、このような発言は恐るべき発言であることに気がついていない。彼らは、神は信仰に応えない方であると主張しているのだから。神を真実とせず、自分の信仰、否、自分の「信仰」を真実として、神をむしろ不真実であるとジャッジしているのだ。神は二心の領域においては決して働かれない。

疑わないで、信仰をもって願い求めなさい。疑う人は、風の吹くままに揺れ動く海の波に似ている。そういう人は、主から何かをいただけるもののように思うべきではない。そんな人間は、二心の者であって、そのすべての行動に安定がない。-James 1:6-8

神は単一な心の者にご自身を現される(Matt 5:8)。ここはしばしば「心が純粋な者は神を見る」と訳されるが、この単語は”kathoros”であり、「単一」と訳するのがベター。つまり、動機や目的において神のみに占有されていること。つねに神と何かを比較して天秤にかけること、これが二心だ。私たちは問答無用に神のみを選ぶのだ。妥協し、言い訳し、弁明し、正当化している領域―それが敵に取られている領域である。まずその領域を取り戻すこと。五感の領域のもろもろの事物や事象やアレコレは、その結果としてゲットバックする。

神によって心を測っていただこう。そのジャッジに服して、悔い改めにより、新鮮な愛の息吹きを受けよう。

2016年、ヨベルの年またフェイスの覚醒の年

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