この根拠を再建主義の富井氏はこう説明している

イエスがユダヤ人の王であれば、イエスを王とする国が、ユダヤ系クリスチャンに与えられなければならない。「いや、1948年に建国された今のイスラエル国がその再建されたイスラエルである」とユダヤ人は言うかもしれない。
しかし、もしそうであれば、紀元70年から1948年までの間、ユダヤ人には国がなかった、ということになる。
これは、旧約の約束が約1900年間反故にされたということを意味する。しかも、今のイスラエル国は反イエスである。
このイスラエル国を、再興されたイスラエルと見なすことはできない。
イエスにおいて旧約聖書が成就された(マタイ5・17)以上、紀元70年までに、イエスを王とするイスラエルは再興されなければならない。
どのように再興されたのか。
私は、日本においてであると考える。

つまり大前提として、AD70年までに旧約聖書がすべて 成就したことがある。なぜならイエスは十字架で「完成した」と言われたからとする。よって、AD70年と1948年の間にも再興されたイスラエルが存在すべきなのだ。かくしてこれが日本であると・・・。

この記事の中で「普遍的イスラエル」と「民族的イスラエル」という対比をしている。前者は超民族的なエクレシアのことであり、後者はいわゆる民族的なユダヤ人国家であろう。極私的にはエクレシアとイスラエルの関係を次のように理解している。すなわちいのちの次元と善悪知識の次元の二平面における区別である。あくまでも創世記に基づくべきであろう(☞エクレシアとイスラエルの関係について)。

富井氏は律法についても、「民族的な」それが「超民族的な」ものにバージョンアップしたとする。極私的には、MS-DOSがWINDOWSにUPしたように、レビ系の石の律法は廃棄されたが(Heb 7:18)、それを包含する上位互換のメルキゼデク系のいのちの御霊の法則にバージョンアップしたと理解している(Heb 7:12)。イエスはいのちのちからにより大祭司として立てられたのだ(Heb 7:16)。そもそもイエスはレビ族ではない!つまりモーセ律法とは関係なく立てられたのだ(☞祭司制と律法について)。

そもそもアブラハムに与えられた約束は、その430年後に入った律法により無効にされることがなかった。その約束とは単数形の種、すなわちキリストであった。YHWHエロヒムの意図は当初から、律法ではなく、キリストであったのだ(☞神のエコノミー-いのちのディスペンセーション-)。

ところで、アブラハムとその子孫に対して約束が告げられましたが、その際、多くの人を指して「子孫たちとに」とは言われず、一人の人を指して「あなたの子孫とに」と言われています。この「子孫」とは、キリストのことです。わたしが言いたいのは、こうです。神によってあらかじめ有効なものと定められた契約を、それから四百三十年後にできた律法が無効にして、その約束を反故にすることはないということです。-Gal 3:16-17

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