続:YHWHの数学-クロノスとカイロス-

聖書の記述には時々矛盾が見られることがある。これをして聖書は正確ではないとか、信じるに足りないとする向きもある。例えば、出エジプトからソロモン神殿建築に着手するまでの期間を見てみよう。
第一列王記6章1節には480年とある(1Kings 6:1)。
ソロモン王が主の神殿の建築に着手したのは、イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王になってから四年目のジウの月、すなわち第二の月であった。
一方で使徒行伝13章18-22節(Acts 13:18-22)によるとこうある:
この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、・・・
つまり、40(荒野)+450(エジプト)+40(サウル)+40(ダビデ-2Kings 2:11)+3(ソロモン-1Kings 6:1)=573年である。その差は93年?![1]ことば社の『エッセンシャル聖書辞典』においてもこの年数について議論でされているが(pp.754-755)、よくわからない記述である。 だから聖書はテキトーだ・・・。
ちょっと待ってください。実はここにYHWHの意志があるのだ。士師記においてはイスラエルがYHWHに対する不従順により異民族の手に渡され、その支配下に置かれた時期がある。
主はイスラエルに対して怒りに燃え、彼らをアラム・ナハライムの王クシャン・リシュアタイムの手に売り渡されたので、イスラエルの人々は八年間、クシャン・リシュアタイムに仕えなければならなかった。-3章8節
こうしてイスラエルの人々は、十八年間、モアブの王エグロンに仕えなければならなかった。-3章14節
イスラエルの人々は、主に助けを求めて叫んだ。ヤビンは鉄の戦車九百両を有し、二十年にわたってイスラエルの人々を、力ずくで押さえつけたからである。-4章3節
イスラエルの人々は、主の目に悪とされることを行った。主は彼らを七年間、ミディアン人の手に渡された。-6章1節
イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行ったので、主は彼らを四十年間、ペリシテ人の手に渡された。-13章1節
この期間の合計は・・・・そう、93年間である! つまり不従順の期間は神の目にカウントされていないのだ。これは私たちにとって都合がいい面もあるが(=罪は覚えられていない)、裏返すと不従順にある時間は、YHWHとの関係においてはVOID(空)であることを意味するわけだ。それは神の前に記憶されていない空疎な期間である。それは単なる物理的時間が無意味に過ぎ去るだけ。肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などにかまけていると永遠を無駄にする。
ギリシャ語では物理的時間をクロノス(chronos)というが(=地球が太陽の周り回転すること)、これはYHWHにあって記録されないのだ。一方、永遠の時間をカイロス(kairos)という。Strongによれば、特別の瞬間、時期、機会、シーズンを意味する。フェイスはこのカイロスに生きること! 物理的時空間を超えた永遠のNOWに生きることである。クロノスコンシャスからカイロスコンシャスへの転機が求められる。なぜなら、
すべてフェイスによらないことは罪である-Rom 14:23
からだ。そこでパウロはこう勧めている。
時(カイロス)をあがないとりなさい。今は悪い時代なのである。-Eph 5:16
クロノスにおいて生きるわれわれは、世(五感の領域)にはいるが、世のものではない(John 15:19)、すなわち霊的領域(=天の座)にいるものである(Eph 2:6)。この領域における経験こそが永遠に記録される。すなわちわれわれにおいて、有限の時空間に無限の世界=永遠のNOW=が切り込んでいる。これがフェイスの経験である。
References
| ↑1 | ことば社の『エッセンシャル聖書辞典』においてもこの年数について議論でされているが(pp.754-755)、よくわからない記述である。 |
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