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wind is blowing from aegean...

ギリシャを旅したある人の証:ギリシャじゃ、新聞も雑誌も数学記号だらけだった・・・。

まことの美の女王数学に「魅せられて」・・・私が22歳頃、懐かしい・・・

そろそろ時期だ・・・

そう、確定申告・・・ふうっ。書類をそろえて国税局のサイトで試算してみた。・・・ふーん、これくらい搾取されるわけだ・・・。予備校時代は会社を通して節税していたものだが・・・。

87年、バブルの象徴的傑作『マルサの女』。すでに伊丹監督はなく、津川も若かった・・・。

嫉妬-歴史のダイナミズム

カインとアベル、ハガルとサラ、イシマエルとイサクエサウとヤコブヨセフと兄たちサウルダビデ・・・イエスと律法学者・・・彼らの相克の原因は何か、そう、嫉妬である。人類最初の殺人は嫉妬により行われ、そのプロトタイプが延々と繰り返されているのが歴史。そもそも罪のルーツはサタンの神に対する嫉妬だ。夫婦の問題、家庭問題、職場の問題、大学の派閥争い、いわゆるキリスト教会の問題、政治力学の問題、国家間の問題、ことごとく嫉妬がそのダイナミクスの原動力だ。まあ、神から捨てられた人類のきわめて本質的な問題と言える*1

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『三国志』はいよいよ「赤壁の戦い」の佳境に入っている。周瑜と諸葛亮が知略を競うのだが、諸葛亮が常に一枚上手だ。10日で10万本の矢を用意せよ、との周瑜による難題も、3日でよいとして、曹操軍の矢を草船で奪取する。北西の風を気に病んで周瑜はストレスによる吐血をし、寝込むが、その理由を即座に見抜いた諸葛亮は、そのあらゆる分野に通じた知識と祈祷により南東の風を吹かせる。しかも周瑜が自分を嫉妬により殺そうとすることも計算に入れ、難なく逃げおおせる。その際、周瑜の最愛の妻小喬が諸葛亮を逃がすのだ。かくして面目を完膚無きまでに潰された周瑜は最愛の小喬すら去らせる。かくしてこの因縁が孫権と劉備の争いとして最後まで持ち越されるのだ。

ニッポンキリスト教でもよく観られるのは、有能な信徒や執事・長老など、「No.2」的存在に対する嫉妬から、脅威を感じた牧師が彼らを粛清する現象*2。自分の立場を脅かす存在をあらかじめ体よく切るのだ。それはサウルのダビデに対する所業の再現。会社でも、大学でも、これはよくある現象。ヒトラーも末期には有能な部下たち、たとえば戦車の英雄ロンメルなどを次々に粛清した/しようとした。ここに働く病理がパラノイドだ。周囲がみな自分を蹴落とそうとしているかのように感じられる心理状態。「No.2」から見たらこれはたまらない。ボスのために良かれと思ってなしたことが、みなボスにとっては脅威となり、自分が抹殺されるのだから。かくしてその人物の評価は、その人物のなした事績よりは、その継承者の存在によって確認される。まとにイエスの言われるとおり:

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい-Matt 28:19

かくして人生を楽しむコツは、嫉妬から解かれること。Are you with me?

*1:真に嫉妬から自由とされるのは、神に受け入れられていることを味わうこと。真の満足を知ることによる。ここでも大切な問いかけは「アム・アイ・ハッピー?」だ。やはりYAZAWAは偉大だ!
*2:まあ、これは実にご苦労様なこと。どんどん任せてしまえば自分の人生をもっと楽しむことができるだろうに、と怠惰をこよなく愛する私的には思う次第。

浮世狂言

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午前はプールとサウナ、午後はDVD。いよいよ呉の孫権と蜀の劉備の孫劉連合が結成され、魏の曹操に赤壁にて対峙する場面に近づいた。諸葛孔明のヨミでは曹操軍は数の上では圧倒的だが、水軍が訓練されておらず、半数は指揮が低く、半数は曹操に恨みをいだいているというわけだ。ゆえに孫劉連合は十分勝機があるという次第。

かくして「赤壁の戦い」こそこれら三者が絡み合うクライマックスで、その後はきわめて政治的色彩の強い動きになる。映画『レッドクリフ』では諸葛孔明が陰陽道を用いて、天候までもコントロールしたとして、やや超能力者的に描かれていたが、史実は曹操軍が疫病にやられたということで、さほど諸葛孔明の力量が発揮されたわけではなさそうだ。

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・・・が、それでは面白くない。『正史』は人物ごとの淡々とした記録だけで、横のつながりを再構成する必要があるのだが、『演義』ではこれがダイナミックにフィクションとノンフィクションの間をぎりぎりかすめつつストーリーが展開する。いずれにしろ、歴史とは人間だ。人と人の相互関係のダイナミクスこそが歴史。もっと言えば人の心が綾なすもつれた糸の絡み合いだ。ゆえに私の精神病理史観も十分に根拠を持つのだ。

百歳近い禅のある高僧が、「浮世狂言やめた」と食を絶ち、眠るように逝った有名な話があるが、そう、所詮、目に見えるこの世の事象は浮世狂言*1。ところが青筋立てるほどにマジになって狂言が狂言でなくなると、ニッポンキリスト教のように狂気に陥るのだ。狂言は狂言としてこそ楽しむことができるわけ。

わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。-2Cor 4:18

追記:ロシアがイスラエルを強く非難。ヨルダンのアメリカ軍がアラート状態に入った模様。

*1:ハリウッド的に言えば「マトリックス」だ。富井氏も今のキリスト教は偽装だと言われるが、まことにそのとおり。ただイスラエルはどうか。彼によるとこれも預言の成就の偽装となるわけで。あちらからみるとこちらは浮世狂言、こちらからみるとあちらはマトリックス。なかなか面白いではないか!所詮、現在のわれわれは部分的にぼやっと見ているだけなのだから。

わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。-1Cor 13:12

嗚呼、玉杯に花受けて

武道館と言えば毎年年末の矢沢のライブでお世話になる。あのステージで燃える矢沢ワールドが展開する。ちなみに、なんと、不肖Dr.Lukeも武道館のステージに立ったことがあるのだ。しかもTVで放映された。・・・そう、はるか昔、学生時代、『旧制高校寮歌祭』なる祭典があったのだ。そこに東大のはるか先輩たちと共に『嗚呼、玉杯に花受けて~!』とやったのだった。いや、懐かしい。同祭典は平成22年まで続いていたようだが、50回を機に終了。そしてまた昨年復活した。ただし、武道館ではなく学士会館でだ。


一、
嗚呼玉杯に花うけて 綠酒に月の影やどし
治安の夢に耽りたる 榮華の巷低く見て
向ヶ岡にそゝりたつ 五寮の健児意気高し

二、
芙蓉の雪の精をとり 芳野の花の華を奪ひ
清き心の益良雄が 剣と筆とをとり持ちて
一たび起たば何事か 人生の偉業成らざらん

三、
濁れる海に漂へる 我國民を救はんと
逆巻く浪をかきわけて 自治の大船勇ましく
尚武の風を帆にはらみ 船出せしより十二年

四、
花咲き花はうつろひて 露おき露のひるがごと
星霜移り人は去り 梶とる舟師(かこ)は變るとも
我のる船は常へに 理想の自治に進むなり

五、
行途(ゆくて)を拒むものあらば 斬りて捨つるに何かある
破邪の剣を抜き持ちて 舳に立ちて我よべば
魑魅魍魎(ちみもうりょう)も影ひそめ 金波銀波の海静か

漢文は高校時代に中島敦の『山月記』の美文に触れてはまった。あのピッシとした漢文のリズムが好きで、声を出して詠じると何とも言えない気分を楽しめたものだ。ちなみに『三国志』の悪役曹操は漢詩の大家でもあり、かなり格調の高い作品を残しているのだ。彼の作品をして『楽府』と称するようだ。当時の荒れ果てて、一時は漢民族の人口が1/10に減った時代、彼は自由な作風を展開した。彼の一つの作品、彼が赤壁の戦いで敗れた時、命からがら逃げた際に歌った詩-

却東西門行

鴻雁は塞の北に生る
乃ぞ無人の郷に在り
翅を万里の余に挙げ
行くも止まるも自から行を成す
冬の節には南の稲を食らい
春の日には復た北に翔く

田の中に転蓬有り
風に随いて遠く飄い揚がる
長に故の根と絶れ
万歳までも相当たらず

奈何せん此の征夫
安んぞ四方を去るを得ん
戎の馬は鞍を解かず
鎧と甲は傍らを離れず
冉冉として老は将に至らんとす
何れの時にか故郷に反らん

神竜は深き淵に蔵れ
猛獣は高き岡に歩む
狐は死なんとして帰って丘に首う
故郷は安んぞ忘るべけんや

彼の『対酒』などは、彼がいかにロマンチストであったかが伺えるのだ-

対酒

酒を前にして太平を歌わん
時に吏は門に呼ばず
王者は賢にして且つ明
宰相と股肱とは皆な忠臣にして
みな礼譲あり
民は争いせめぐこと無く
三年耕せば
九年の蓄え有り
倉の穀は満ち充ち
白髪をまじえしものは負い戴かず
めぐみを雨らすこと此の如くなれば
百穀はかくて成り
走の馬を却けて以て其の土の田に糞やる
爵は公侯伯子男
みな其の民を愛し
以て幽かなるものと明れしものとを退けつ陟しつつ
たみを子のごとく養うこと父と兄のごとき有り
礼法を犯すものは
軽重もて其の刑をわかち
路にはおちしものを拾わんとする私のひと無く
囚獄は空虚にして
冬の節には人を裁かず
老い老いしもの皆な寿を以て終るを得て
恩澤は広く草木昆虫にも及びなん

曹操の理想は『通脱』。要するに常識とか脱して勝手気ままに生きること。私のアイドリング生活とも相通じるのだ。というわけで、『三国志』にかなり深くはまりつつある昨今、ますます曹操に対するシンパシーを深めているDr.Lukeではある。

【注】縦書きのテストをしたのですが、エンジンがTrident(IE系)でないと横書きのままです。

嗚呼、センター試験

今朝の日経に掲載されていた試験問題を解いてみた。英・国は、まあ、そこそこだ。が、社会はヤバイ。高校時代、社会は一夜漬けでかろじて通した私的には、センターの問題はとてもとても、だ。実は、私は共通一次も知らない世代。当時、国立は一期二期と分かれ、東大は独自に一次と二次試験があった。一次では、理系でも英、数(数I、IIB)、国(現代文、古文、漢文)、理(二科目選択)、社(二科目選択)を求められた。社会は元から無理だった私は考えた。過去問10年分くらい調べたところ、四択のうちの正解は②が多いことを発見したのだった。で・・・・。

いやのどかな時代でした。共通一次やセンター試験の功罪は大きい。物差しを一本にし、ほぼすべての大学がそれを利用することにより、大学も受験生もその尺度で測り返されるのだ。大学が偏差値でランク分けされ、かくして大学の独自カラーが消失。個性が大事とかの社会のスローガンと逆行した。私は慶応にも一時席を置いたので分かるのだが、昔は早稲田と慶応ではまったく違った。慶応ボーイの私はあんな稲刈り大学はまっぴらと思っていたものだ。センター試験などはやめよと言うのが教育界に身を置く私の感想だ。が、もちろんこれで権益を得ている人々もいるわけで、これをなくして昔ののどかな時代にバック・ツーすることは無理だ。

私の理想は旧制高校制度。漱石の『三四郎』の世界をこよなく愛する私的にはあの「選良」にあこがれるのだ。東大の三四郎池で美禰子さんとデートする場面なんて最高のシチュエーションだ。前々から言っている通り、ニッポンの復活は20%のエリート特権階級を作ること。民主党やニッポンキリスト教に現れているとおり、今みたいな嫉妬と妬みによるフラット化社会はエントロピーがだらだらと拡散して活量を失う。これは物理法則だ。

もっともっと格差と凸凹を作ること、均してはならない。現在はかろうじて私立の中高一貫校、そして予備校が文科省の指導要領に縛らない教育をしていることで学力が保たれている。もっと言えば、教育を文科省から開放すること*1。さらに穴にボールを入れるだけの人たちが億単位のカネを得ているのに、教師はせいぜい一千万台、予備校人気講師で数千万レベルだ。これを実績に応じて億単位に上げること。活力を生むには教育界にカネを注入することだ。というより、政治・軍事・経済・倫理で去勢されたニッポンに残る最後の砦は教育なのだ。ここが落ちるとニッポンは間違いなくオワル。

*1:パレートの8:2の法則。社会において重要な仕事の80%は20%の人々がこなしている。あとは彼らにぶるさがっておこぼれをもらうだけなのだ。アリの社会と同じ。これは人権とかの理屈の世界ではなく、自然の理なのだ。

劉備と言うアイコン

仁徳の劉備。『三国志』におけるヒーロー、仁と義に厚く、徳の高い人物。関羽、張飛、さらに張雲、諸葛孔明が彼に仕えた。が、戦績はそれほど優秀ではない。『正史』にはあの有名な桃園の三兄弟の契りはない。北方謙三版でもそれは不自然としてカットされている。

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しかし184年位に契りを結んだ三人の若者はその後も流浪の旅を続け、「赤壁の戦い」でようやくめぼしい勝利を得る208年までほぼ24年間、その間に曹操に敗北を喫し、袁紹などの下に身を寄せるなどの惨めな経験もした。しかるに、何故に三人の結束は保たれたのか。敵側による「離間の計」(仲間割れさせる策謀)もあったろうが、彼らの結束は崩れない。劉備は曹操による急襲により妻子を捨てて逃げてもいる。情けないこと限りない。普段は高潔な仁徳を説きながらも、戦闘は敗北の方が多いのだ。しかし張飛は彼の妻子を体を張って守り、また曹操の下に身を寄せた関羽も妻たちを体を張って劉備の下に連れ帰っている。張雲も同様。自殺する奥方から託された劉備の子阿斗を身を挺して守るのだ。なぜ彼らはそこまで劉備に入れ込んだのか。劉備の唯一の"実績"と言えば、名前から分かる通り漢の末裔であることだけ。その血筋に甘え、口先だけの気取り屋の観すら感じられる。

で、同じ疑問を抱いた北方は次のような仮説を提出しているのだ。

 これはぼくの仮説だが、二人は劉備に、弱く、情けないところがあるとよく知っていたから、劉備と行動を共にし続けたのではないか。・・・劉備には本当に強い腕っ節や情に流されない決断力がない、それは俺が補ってやらなければ・・・。自分がいないとこの人はだめになる。男でも女でもそんな気持ちが人を深みにはまらせるものだ。
 結局、劉備と関羽と張飛は三人で一人、だめな部分をそれぞれ相補う関係だったというのが、ぼくの結論だ。・・・劉備のだめな部分は張飛が、そして関羽が引き受ける。極端に言うと三人で一人格のようなものだから、これは途中で別れるわけにはいかない関係なのである。-『三国志の英傑たち』

なるほど、面白い。実際、劉備は自らの徳の高さと反比例して、その息子阿斗は出来が悪かった。社会性も生活力もゼロ。学校の校長やキリスト教の牧師などでもよくあることだが、「きよく・まずしく・うつくしく」的な人物の子供たちや家族は、しばしばその人が排除した負の部分を引き受けさせられて悲惨な末路を辿ることが多いものだ。劉備の場合、関羽や張飛らによりその負の部分が引き受けられ、それが三兄弟の契りと言う美談の形で昇華され、あの「仁徳の劉備」のアイコンが維持されたのだ。劉備の人生を見る時、キリスト教の病理の原型を見ることができる。その点、曹操の息子たちはそれなりに自立し有能だった。後継も司馬懿によりクーデターの形ではあるが魏から晋へと統一されていった。

多くの場合、親や指導者があまりにもキレイキレイだと、その子供たちや後継者が悲惨になるものだ。むしろ彼らは彼らのダメさから学び、自立していくことが多いのだ。前から言っている通り、子供たちはキリスト教のCSなどではなく、エジプト(この世)で育てるべきなのだ。カナンの良き地(宗教)には無能な兄たちが親の資産を食いつぶしていた。しばしばキリスト教は無能な生活力のない甘えたニンゲンか、あるいは自分を"神"とするモンスターを作り出す。これは今のニッポンキリスト教の絵でもあるのだ。

バブルの夢(その?)

円が90円台へ↓、株が303円高↑・・・アベノミクスは劇薬とも言われるが、目先はとりあえずGOODだ。富裕者層の税率を高める方向だが、もっと後でもいいだろうに。とりあえず人々の心を温めることが必要。経済は心理学なのだから。

ちなみに江戸時代には貧乏人はたくさんいたが、貧困はなかったのだ。江戸っ子は宵越しのカネはもたねぇ、でやれた。なぜか。働いてさえいれば、明日も白い飯とおテントウさまは着いてくる、との"信仰"があったからだ。富の配分システムがうまく機能して、下々もその恩恵に与っていた。確かに武家屋敷が江戸市中の80%を占め、残りを庶民が分配したわけだから、そのローレンツ曲線*1はすごくしなっていたろうし、ジニ係数も1に近かったろう*2。OECDの相対貧困率も高かった*3。が、彼らはかなり生活を楽しんでいたのだ。

さらに男女比も、圧倒的に女が少なかった。そこで独身男があぶれていたのだ。この点でも不平等率は高い。結婚できない男がゴロゴロしていた。ある意味、今のニッポン社会とも通じるかもだ。そこで吉原などが栄えていたが、もちろん高級花魁は彼らには無理。そのために女も夜鷹などでしのぐことができたのだ。これが世の中の巧妙な仕組みだ。

・・・と言ったことはこれくらいで、私的にはバブルの再来を願う次第。次は不動産へと波及して欲しい。わがマンションもかつての8千万を目指して・・・。午後SPAで観た夢。

バブルの香り-キャッツアイ@MAX(彼女たちも老けたなぁ・・・)

*1:横軸に累積世帯数、縦軸に累積所得を取り、プロットしたグラフ。
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所得がみな等しいときは線分ACになるが、不平等になるとしなる。
*2:ローレンツ曲線の「ピンクの面積/直角△ABCの面積」。完全平等ならば0、一人がすべての富を所有すると1。
*3:所得分布曲線において、メジアン(中央値)の半分の所得以下の比率。現在わが国は16%程度。
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曹操の魅力

『三国志』に完全にはまった。魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権、この三人の英傑のうち誰が一番魅力があるか・・・。そう、『白い巨塔』の里見修二より財前五郎を好むDr.Luke的には、『演戯』における悪役曹操なのだ。誤解により人を殺しても平然としている男。天子すらも利用し、狡猾にして策士、治世の能臣、乱世の奸雄。奸智に長け、人を裏切ることはあっても、人に裏切られることは許さないと公言する冷酷無比な男。しかし、これがなぜか憎めない男なのだ。

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「人中に呂布あり、馬中に赤兎馬あり」と讃えられた、最強にして熱血漢の、しかし純朴・ナイーブな戦士、呂布が捕えられた際、その第一の忠臣張遼は当初、呂布を決して裏切らないと主張していたが、曹操が縄目を解き放つや、一転曹操に忠誠を誓う。その時曹操はあえて階段から転げ落ちるようにして彼に近寄り、彼の手を握って言う、「その言葉を待っておったのじゃ」と。いや、実に見事な役者、人心掌握術に長けている。

さらに彼は、共に逃亡したかつての盟友、今は呂布の軍師洪台に言う、「わしはこの世の道徳観念などはとっくに捨てたのじゃ。わしは奸雄と言われる。正論を吐く者は殺され、君子となった者は侮辱され、殺されることすらある。わしが目指すのは志を実現する奸雄じゃ。古より、大奸は忠に似て、大偽は真に似るとある。忠義も奸悪もうわべでだけで区別がつくものではないのじゃ。そなたたちはわしを見誤った。わしはわしであり、どう思されようとかまわんのじゃ」と。

最後の最後まで洪台に対して自分に従うことを求めるのだが、彼は拒否する。諦めた曹操は彼に「わしが見送ろう」と言って、刑場に手をつないで出向く。そして尚も最期に洪台の翻意を促すのだが、彼は毅然として拒否する。彼は自然を観つめて、「美しい」とつぶやくや、その首が飛んだ。その時、曹操は、なんと涙するのだった。

その曹操も「赤壁の戦い」で諸葛亮の策に敗北を喫するのだが、関羽に情けをかけられて助けられながらも、けっして悪びれることがない。彼は自恃として敗北から立ち上がりつつ、時を待つのだ。その関羽の義兄である仁徳の劉備は曹操に対抗して、「自分は人に裏切られることはあっても、人を裏切ることはない」と主張し、その徳によって生きるが、しかしその彼も最期は狂乱して果てる。劉備はあまりにも理想主義者であり、乱世には残念ながら通じなかったのだ。確かに彼の生き方に難をつけることは難しいが、私的にも劉備にはあまり魅力を感じない。長い歴史のスパンで見ると、彼は、ちょうど狂言回しのように曹操のアンチテーゼというか、引き立て役としての役割を担っていたようだ。

曹操は、実はかなりのインテリにして詩人、法制度の整備などにも功績がある。いわゆるソーシャル・エンジニアリングの腕前は相当だったのだ。『演戯』では劉備が主役扱いだが、三国時代を制し、魏から晋へと統一できたのは曹操の功績だ。彼はちょうど信長・秀吉・家康の三要素をバランスよく配合され、その役割を演じたパーソナリティだったように思われる。いや歴史とはまことに人そのものだ。

still the story goes on....

陰の声:なんとなく安倍さんには呂布的な感じもしている。曹操的人物と言えば、やはり小沢さんだろうが、彼はCIAによりすでに潰されてしまった。というか、わが国では受け入れられないのだ。民主党の方々は、まあ、孫権。単純オツムで若すぎたのだ。要するに社会運営とは、いつも書いているが、愛に富み、優しく柔和な、しかしメスの切れない外科医と、冷酷で打算的、野心家でカネと女に入れ込むが、しかしメスの切れる財前五郎と、あなたならどちらに切ってもらいますか?という問題提起なのだ。

デフレ脱却への期待

株が動いている。久々にデイトレでそこそこのゲインを得ている。カネとはまことに不思議なもの。一日汗水流して働いて1-2万円程度の稼ぎの人もいれば、テクさえもっていれば株で30分もあれば10万とかをゲットすることもできる。まことにカネは陽炎の如し。

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今はまっているNHKのドラマ『監査法人』がおもしろい。企業と監査法人の慣れ合いの古株理事長と厳格監査を主張する若手が対立するモチーフ。まあ、よくある話ではあるが、これが実際にあったのだから、この世はまことに恐るべし。あのミラーマンと揶揄されて、さらに痴漢容疑により服役までさせられた植草一秀氏が嵌められた元凶となったりそな銀行事件。朝日監査法人の会計士が自殺しているのだ。その他にも新聞記者が2名不審死、税務署員がやはり痴漢事件で検挙されている。

まさにこの世だ。私は会計はまったくの素人ではあるが、複式簿記ができるとそこそこ粉飾経理の仕組みなども分かるところが面白い。ゲーテだったか、複式簿記は人類の最大の発明であると言ったそうだが、微分積分オツムの理系の私は、正直、当初はバカにしていた。単なる+-×÷の世界ジャンと。しかしだ、さにあらず。ちょっと学ぶとこれが深い。仕訳なんて言うのは実にワクワクするほどに面白い。現在の財務諸表は貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、そして最近ではキャッシュフロー表。これは企業のカネの流れを明らかにするもの。営業、投資、財務の三つの武門のカネの出入りを表したもの。これにより前者二表ではわからない企業内のカネの動きが明らかになる*1。いや、これら3表の連携の仕組みがまたよくできている。実に感動する。ちなみにこの本『財務3表一体理解法』はお薦め。理系の人が書いたので私にもよく分かる*2

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カネは企業や社会の血液だ。今のデフレは貧血状態*3。だから日銀はもっと血液を増やす必要がある。具体的には当座勘定を増やすのだが、その推移はこちら。

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かつて2006年3月に緩和策解除を行ったとき、私はまだ早いと書いたが、その懸念のとおりにあれから数年、さらなるデフレで苦しんだわけだ。現在は48兆程度積まれているようだが、今回はぜひ市場をジャブジャブにしてほしい。それとこれまではジャブジャブのカネも銀行を介して国債購入へと回ってしまっていたわけだが、これがマーケットに流れ出るようにする必要がある。日常物品の上昇は困るが、資産はどんどん膨らんで欲しいのだ。実際、バブル期のようにわがマンションも8千万を目指して欲しい。これが小市民Dr.Lukeの偽らざるホンネ 

バブルの香り・・・・

経済法則も霊的法則も主イエスが言われるとおり:

というのは、持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです。-Mat 13:12

敗北主義者の集合体の民主党*4がもっとも嫌う格差はどんどん広がるべきなのだ。カネは所詮、陽炎だ。が、あればこれほど便利なものはない。そう矢沢も言っている。地上の生活をそこそこ豊かに味わうことができるツールなのだから*5。聖書はカネ自体を問題にしていない。カネを愛することが問題だと言っている(1Tim 6:10)。カネに使われるのではなく、カネを使うこと。主役はどちらか。矢沢もカネを得てもハッピーにはなれなかった。だから今、常に自分の心に問いかけると。

アー・ユー・ハッピー?・・・と。

*1:ちなみに私も会社をもっており、立派なCEOなのだ!その名もInfotechno,Inc.ドメインもあるが、現在は休業中・・・。
*2:日本国の財務諸表と借金の実態、さらにマネフローについてはこちらを。よくまとめられてある。→日本の財政を見る目(pdf)
*3:単純に言えば、B/Sの左(資産)が膨らむことがインフレ、左が縮小して相対的に右(借金)が膨らむとデフレだ。要するにカネとモノとのシーソーゲームだ。
*4:ニッポンキリスト教とよく似ていると先に書いたが、そこに働いている霊は敗北者による自己憐憫の霊である。そこに渦巻くのは嫉妬と妬み。
*5:私は「きよく・まずしく・うつくしく」なんていう生き方はごめんだ。たくわんと味噌汁から裸一貫で伝道してここまできました、なんていうボクシの証には正直虫唾が走るのだ。

つらつらと・・・

2013年が開始され、本日も講義を終了して、いつもどおりiTunesのJazzでまったりとしている。・・・ことはできず、試験問題の作成に追われているところ。まあ、いつものことではあるので、過去の資産を有効利用している次第。

今回の選挙では不正があったとか、ネットのその筋では言われているようだ。何でも「634」がキーワードで、集計機が独占企業のもので、票数操作がなされたと言うわけだ。うーん、と。ネットによって誰もが「専門家」や「評論家」あるいは「私立探偵」になって推理ゴッコができる時代。あえて言えば、もともと正当な選挙などはあり得ないのだ。「主権者たる国民様の考えを100%反映する政治」などがそもそもウソ。虚構。フェイク。やらせ。そんな政治が行われれば国家は崩壊する。所詮、民主政治などは絵に描いた餅、その本質は愚衆政治なのだ。

・・・と言ってしまうと身も蓋もなくなるが、私的には株が動き出したこと、10兆円の補正予算が組まれて、公共事業に4兆円がつけられたこと、日銀の総量緩和策がとられていること、円安に誘導されていること。とりあえずこれらはありがたいところ。前にも言ったとおり、B/S不況なのだから、B/Sを改善することなのだ。借り方が膨らめば人々の心は豊かになったと感じて、財布の紐がゆるむ。GDPの6割を占める個人消費が伸びれば、カネは回り出す。特に個人資産1,200兆の60%を保有する老人層がカネを流してくれることを期待しているところ。そう、もともと経済は心理学。人々の心が生み出す陽炎のようなものだ。人はその陽炎を追いかけている。シアワセを得るために、シアワセになりたくて・・・*1。嗚呼、バブルの夢を再び!

というわけで、2013年、アー・ユー・ハッピー?

追記:イランで核漏れ事故。政府はIsfahan住民に避難勧告。テヘランでも・・・。

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Iranian authorities have advised the one and a half million people who live in Isfahan to leave the city if they can because pollution has now reached emergency levels. The same thing happened in the capital Tehran earlier this week. Kasra Naji works for the BBC's Persian TV service in London.

追記の追記:補正予算は20兆!

*1:しかし、そのシアワセを手に入れたチノパンさんはシアワセの絶頂から地獄へと転落。憔悴しきって捜査にも応じられない状態とか。実にこの世の君の仕業は残酷なものだ・・・。

2012年12月22日、地球最後の日!

とは、どうもならないようだ^^。ノストラダムスの99年の7の月も外れ、今回マヤ予言も外れ、これで世間の人は聖書預言も妄想話と思い込むだろう。否、ニッポンキリスト教徒たちでさえも、マジで主の再臨や携挙を待望する者たちがどのくらいいるだろうか。信仰を自分の幸福実現の手段とする傾向が2000年に入ってから当たり前になってしまった。この意味でニッポンキリスト教は、動機においては幸福の科学と何ら変わりないのだ・・・。と言った苦言はもう語る気力も失せているところがホンネだ。

かくしてこのようなオオカミ少年現象により、人々は麻酔されていく。2012年、デストラクション&アンコトローラブルの年と言ってきた。そしてそのとおり世界各地また太陽も揺れた。しかし終りではないと警告した。まだ最後の7年が開始されていない。その開始の候補として、2011年、2014年などがあげられるとも指摘した。では来たる2013年はいかなる年となるか、明確にビジョンが形成されていないのでしばし熟するのを待ちたい。

ここで改めてイエス御自身の言葉をチェックしてみよう:

そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。←DONE!
また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません
民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。←DONE!
しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです。
そのとき、人々は、あなたがたを苦しいめに会わせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。←DONE!
また、そのときは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏切り、憎み合います。
また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。
不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。←DONE!
しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。
この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。←BEEING!
それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)←NOT YET!
そのときは、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。
屋上にいる者は家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。
畑にいる者は着物を取りに戻ってはいけません。
だが、その日、悲惨なのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。
ただ、あなたがたの逃げるのが、冬や安息日にならぬよう祈りなさい。
そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。
もし、その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、選ばれた者のために、その日数は少なくされます。
そのとき、『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者があっても、信じてはいけません。
にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。
さあ、わたしは、あなたがたに前もって話しました。
・・・
いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。←DONE!
そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。

今、私たちがいる処は明確ではないだろうか?ポスト・ミレの再建主義では、この預言はAD70年のエルサレム陥落で成就し、同時に再臨もあったとする。根拠は「この時代(genea)」は当時の一時代、すなわち70年を指すからであるとする。黙示録も19章までは成就してしまっているとする。すでに現在は千年期であり、神の福音により世界がクリスチャン化され、文字通り、物理的なイエスの御国が設立されると言うわけだ。私たちはそれは次の経綸(ディスペンセイション)だと言う。

さてはて、ポスト・ミレ、それともプレ・ミレ?私たちは単なる神学論争ではなく現実に経験するだろう。そこまで時代は煮詰まってきているのだ。が、小市民にして遊び人のDr.Luke的には、たとえ明日主が来られるとも、××で遊ぶ・・・のだ

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