本日の二冊:『新大東亜戦争肯定論』&『一次資料が明かす南京事件の真実』



石破かゲルが日本は悪、諸国に対して謝罪をするべきだとする談話を出したがっているらしいが、そのような時に、これらの二冊はニッポン人が日本人に戻るために必読書と言っていいだろう。
まずは日本の母たらんとして6人の子供を育てている橋本琴絵女史、なかなかの姉御肌で、主張は痛快、実に読んでいてうれしい限りだが。
あの戦争は結局なんだったのか
極私的にはエレミヤ書の四色の馬に乗る霊の配置と、ノア預言に従って歴史は、ハム(黒人)は奴隷とされ、セム(ユダヤ人)の天幕の覆いの下でヤペテ(白人)が自分たちの土地を広げるという、私の言う白いキリスト教と帝国植民地主義の複合体が作っていると指摘してる。
橋本女史は、戦争の意味を、①憎悪感情による相手の排除・抹殺タイプ、②ある目的を達成するための不可避的行動タイプと分類し、前者はいわゆる宗教戦争など、後者が大東亜戦争であったとする。つまり日本は自衛のための戦いをしたのであって、その面では原爆で敗戦を迎えたが、もっと大きな目的である大東亜共栄圏の精神であるアジア諸国の植民地状態からの解放と独立は達成できたとする[1]橋本女史の聖書理解はちょっと「?」な部分があることは指摘しておく。。
当時の日本がどのように戦争に追い込まれていくか、もっと言えば、シカケに乗せられていくか[2]大東亜戦争が日本の立場としては公式だが、アメリカにより太平洋戦争とすり替えられてしまったのだ。、その時系列が分かりやすく書かれている。そう、アメリカの当時の指導者(共産主義者が多い)は日本をなんとか破滅させたかったのである。東京裁判の法源であったマッカーサー自身が大統領への道を断たれた後、公聴会においてこう証言しているのだ。英語は訳さなくてよいですね😊(☞マッカーサーに関する記事群)

日本は4つの小さい島々に8千万人近い人口を抱えていたことを理解しなければならない。
日本の労働力は潜在的に量と質の両面で最良だ。彼らは工場を建設し、労働力を得たが、原料を持っていなかった。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、スズがない、ゴムがない、他にもないものばかりだった。その全てがアジアの海域に存在していた。
もし原料供給を断ち切られたら1000万~1200万人の失業者が日本で発生するだろう。それを彼らは恐れた。従って日本を戦争に駆り立てた動機は、大部分が安全保障上の必要に迫られてのことだった。
二冊目は、南京事件の真実を一次資料に基づいて検証している。そもそも本件はアメリカの宣教師や牧師の証言が元になっており、中国のプロパガンダによりその規模がどんどん膨らんでいったものである。そもそも30万人を一般兵器で殺傷することなど可能だろうか? 以下、Grok君に聞いてみた。中国により洗脳された左巻き[3]頭がよくかつ誠実な左派はあり得ない。頭が良い左派は誠実ではなく、誠実な左派は頭が悪い、と誰かが言っていたが。よりははるかに頭がよいでしょう😊
Q. 南京事件で日本軍が30万人を虐殺したとされてますが、機関銃や刀などの通常兵器で可能ですか?それに物資が不足していたのになぜ貴重な弾薬を消耗してまで30万を殺すのでしょうか?原爆で25万、東京大空襲で15万ですから、無理でしょう。そして死体はどう処理したのですか?
A. 南京事件(1937年)に関する「30万人虐殺」説については、歴史学者の間でも議論が分かれる複雑な問題です。以下に、ご質問のポイントに沿って、客観的かつ論理的に回答します。
1. 機関銃や刀などの通常兵器で30万人虐殺は可能か?物理的可能性:機関銃(当時の日本軍は九二式重機関銃などを使用)や刀、銃剣を用いた場合、30万人を短期間(南京事件は1937年12月から数週間程度とされる)で殺害することは、技術的には可能ではありますが、極めて困難です。
例えば、機関銃の射撃速度(毎分400-600発程度)や弾薬補給、兵士の疲労、武器の冷却時間などを考慮すると、効率的に大量殺害を行うには高度な組織化と膨大な時間・資源が必要です。
刀や銃剣での殺害はさらに時間がかかり、物理的・心理的負担が大きいため、30万人規模の殺害を短期間で行うのは非現実的です。
歴史的記録では、ナチスのホロコーストやルワンダ虐殺のような大量殺戮でも、ガス室や組織的な殺害システムが用いられ、短期間での大量殺害には特殊な手段やインフラが必要でした。
比較:広島・長崎の原爆(死者数:それぞれ約14万~20万、25万は誇張)や東京大空襲(死者数:約10万~15万)は、爆撃や火災による即時的・広範囲の破壊で短時間に多数の死者を出しました。
これに対し、南京での虐殺は個人単位の殺害行為が主であり、規模とスピードの点で比較が難しいです。
2. 物資不足の中でなぜ貴重な弾薬を消耗?日本軍の状況:1937年の日中戦争初期、日本軍は確かに物資不足に直面していましたが、南京攻略戦ではまだ補給線が機能しており、弾薬や食料はある程度確保されていました。ただし、長期戦に備えて資源を節約する傾向はあったと考えられます。
もし30万人を機関銃や小銃で殺害した場合、膨大な弾薬が必要になります。例えば、1人あたり平均1~2発としても60万~100万発以上の弾薬を消費することになり、これは当時の日本軍の補給能力を大きく超える可能性があります。
動機の問題:日本軍の一部将兵による虐殺行為があったことは、多くの史料(日本の軍記録、国際的な目撃証言、例えばジョン・ラーベの日記など)で裏付けられていますが、30万人という数字は中国側の一部の主張に基づくもので、計画的・組織的な虐殺を意図したとは考えにくいです。
虐殺の動機としては、捕虜管理の負担軽減、報復感情、軍紀の崩壊などが指摘されますが、弾薬を大量に消費してまで30万人を殺害する戦略的理由は薄弱です。むしろ、捕虜や民間人を労働力として利用する方が、当時の日本軍の資源状況には合理的だったはずです。
3. 30万人という数字の妥当性史料の乖離:中国側(特に南京軍事法廷や中国政府の公式発表)では、30万人以上の犠牲者が主張されています。一方、日本側や欧米の研究者(例えば、秦郁彦やジョシュア・フォーゲル)では、2万~20万程度の犠牲者数を推定する見解が一般的です。国際的な中立派の研究では、5万~10万が妥当とする見解もあります。
30万人という数字は、南京の当時の人口(約20万~25万、占領後に増加した難民を含む)や、虐殺の期間・手段を考慮すると、誇張の可能性が高いとされています。
原爆や東京大空襲との比較:原爆や大空襲は瞬間的な破壊力で広範囲の死傷者を出しましたが、南京事件は数週間にわたる戦闘や占領中の行為の積み重ねです。30万人という数字は、これらの事例と比較しても非現実的に大きいと言えます。
4. 死体の処理方法史料に基づく処理:南京事件の犠牲者の遺体処理については、限られた史料しかありませんが、以下のような方法が記録されています:川への遺棄:揚子江(長江)に遺体を投棄したとする証言(日本軍兵士や現地住民による)があります。実際に、戦後揚子江で多数の遺骨が発見された記録はありますが、規模は不明です。
火葬・埋葬:一部の遺体は火葬されたり、集団墓地に埋められたりしたとされます。南京市内の「万人坑」と呼ばれる集団墓地の存在が主張されていますが、発掘調査による明確な証拠は限定的です。
放置:戦闘直後の混乱期には、遺体がそのまま放置されたケースも報告されています。
30万人の遺体を処理する場合、焼却炉や大規模な埋葬施設が必要ですが、当時の南京にはそのようなインフラは存在せず、短期間での処理は現実的に困難です。
現実性の問題:30万人規模の遺体を短期間で処理するには、膨大な労力と時間が必要です。仮に1日1万人の遺体を処理するとしても、30日間連続で組織的な作業が必要であり、占領直後の混乱期にこれを行うのは非現実的です。
ホロコーストではガス室と焼却炉が使用されましたが、それでも数年かけて数百万人の処理が行われました。南京での状況を考えると、30万という数字は遺体処理の観点からも疑問が残ります。
5. 結論虐殺の事実:南京事件で日本軍による民間人や捕虜の虐殺行為があったことは、複数の史料(日本軍の記録、ジョン・ラーベやミニー・ヴォートリンの日記、東京裁判の証言など)で確認されています。しかし、30万人という数字は、物理的・論理的観点から誇張の可能性が高いです。
数字の推定:中立的な研究では、犠牲者数は数万~十数万程度が妥当とされており、30万という主張は中国側の一部の政治的意図や戦後のプロパガンダの影響が指摘されています。
死体処理:遺体処理の記録は限られており、揚子江への遺棄や火葬、埋葬が行われたとされますが、30万人規模の処理は現実的ではありません。
動機と手段:物資不足の中で弾薬を大量消費して30万人を殺害する戦略的理由は乏しく、軍紀の崩壊や局地的な暴走による虐殺が主な原因と考えられます。
補足
この問題は歴史的・政治的に非常に敏感であり、日中双方のナショナリズムやイデオロギーが絡むため、客観的な議論が難しい側面があります。私の回答は、史料と論理に基づき、中立的な立場で分析したものです。
もし特定の史料や視点(例えば、日本側、中国側、欧米の研究者など)に焦点を当てた詳細な分析をご希望であれば、お知らせください。また、Xやウェブ上の最新情報を参照してさらに深掘りすることも可能です。
ご質問ありがとうございました。

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