日本人のアイデンティティはどこに?この国はクラゲのようにどこへ流されるのか?最後は美意識か?

日本人は「わたしは誰?」と問い続けている。

文学者的に日本人の精神構造の遍歴をまとめてくれている。開国から、明治維新、大正文化を経て、なぜ昭和に大東亜戦争に突っ込んだか、なぜ戦後の高度経済成長の後、バブル崩壊と共に一種のアパシー状態に陥って、<今だけ・カネだけ・自分だけ>の現状に至ったか。とてもクリアに整理している。

極私的には精神病理史観を採っており、ペリー来日以前はアニミズムの世界でアイデンティティの確立などを考える必要もなく、日々お天道さまに感謝しつつ、隣近所と仲良く助け合いつつ、食べて寝て子孫を増やすことを自然と行っていた(埋没型アイデンティティ)。つまり近代的自我(対対象型アイデンティティ)に覚醒してないオネンネ状態。

そこに外国の植民地化の圧力が到来し、ついに<開国=政治的去勢>で無理やりに近代的自我の覚醒を強要され、いわば無理やり国を開かされた、つまり精神的レイプ。その危機を乗り越えかつ屈辱を晴らすために富国強兵に邁進し、アジアの旗手として大東亜共栄圏を夢想したものの<原爆=軍事的去勢>。

戦後はアメリカの手の中でエコノミク・アニマルとしてバブルまで必死で働いて、”Japan as No.1”を達成し、ロックフェラービルを買収したものの<バブル崩壊=経済的去勢>、そして失われた10年が20年、30年となり<原発事故=倫理的去勢>を経て、今やアイデンティティを確立する力も方向性も見失い、若者も無気力で出生数も激減、生命力が枯渇したアパシー状態の中で<教育崩壊=知的去勢>と。

米国の超長期的対日政策により各領域において去勢され、対米的にエディプス葛藤を克服できずに、エディプス挫折しているのがニッポンなのだ。つまり絶大な力を持つ父親に屈する息子として自立ができないのだ。つねにアメリカに対するアンビレンツな感情で右左と揺れ動くだけのクラゲのように芯がない。

自分はどこから来てどこへ行くのか、何を信じて、何のために生きるのかあるいは死ぬのかが、もはやまったく分からない。いや考えることもかったるい。あらゆるイデオロギーが次々に出ては消え、今や何が自分のアイデンティティを担保する中核的存在であるかが見えないし、探そうともしない。とりあえず今日明日食べるのでいっぱいいっぱい。生殖活動するエネルギーも枯渇している。精神的パーキンソン病と言えるかもしれない。これも種々の教えの風に吹き回されているニッポンキリスト教と相似である。

ちなみに日本人は明治維新以来、戦前戦後と天皇(機関説と主権説)を巡って日本人たるアイデンティティを確立しようとしてきたが、その葛藤は日本基督教団辺りが今もやってる空転的モガキと相似だ。つまり日本基督教団は「天皇」の代わりに「キリスト教の神」を据えただけなのだ。だから彼らは「天皇」を排除せざるを得ない。彼らにとっては「キリスト教の神」は自分のアイデンティティの縁としてのイデオロギー体系に過ぎないのだ。この意味でも私がかねて指摘しているように、ニッポンキリスト教はニッポン社会の合わせ鏡であると言える。

最後に浜崎氏の結論は、もはやイデオロギーなるものに日本人のアイデンティティを見出すことはできない、残っているのは美意識だ、となる。この結論はある意味で私の感じているところとシェアできる部分ではある。

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