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Dr.Lukeの一言映画評

ファイル 3034-1.jpg

朝はジョッギング、森の中も夏の匂いが・・・。午前はプールとサウナ。土曜日はフィジカルなのだ。で、午後は映画と巡航モード。『アメイジング・スパイダーマン』。3Dで観たが頭をアイドリングして休ませるにはぴったり。スパイダーマンの誕生を描く人間臭い作品。DNAをいじって超能力を得るわけだが、これも最近ではけっこうリアリティがある。人はそのような能力を欲している。聖霊派あたりの聖霊との関係はそこに動機があるのだ。ニューエイジでのアセンションとやらも同じ臭いがある。しかしクリスチャンの道は十字架の道。それは魂由来のものを憎む道なのだ。

参考:ニューエイジの問題点について

666の正体は?

時代はかなり煮詰まってきている。NWOとか、666とか、イルミナティ系の陰謀論は、すでに「論」ではなく、そのものになりつつある。これはいつもの井口博士も言及されている。かつてはキチガイ扱いされたとご自身も言われるが、Dr.Lukeなどもニッポンキリスト教では妄想的極悪カルト教祖とされているのだから、なんとも名誉なことである。精神病棟では医師が患者から"診断"されるは常なのだ。

さて、そこで666の正体もそろそろマジで検討する必要がある時期に入っている。一説にはオバマだとか、某国のW王子だとか、スペインの誰々とか、いろいろかまびすしいが、まずは御言葉を見てみよう:

また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。
ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。-Rev 13:17-18

あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。地上に住む者たちで、世の初めからいのちの書に名を書きしるされていない者は、その獣が、昔はいたが、今はおらず、やがて現われるのを見て驚きます。
ここに知恵の心があります。七つの頭とは、この女がすわっている七つの山で、七人の王たちのことです。
五人はすでに倒れたが、ひとりは今おり、ほかのひとりは、まだ来ていません。しかし彼が来れば、しばらくの間とどまるはずです。
また、昔いたが今はいない獣について言えば、彼は八番目でもありますが、先の七人のうちのひとりです。そして彼はついには滅びます。-Rev 17:8-11

前提として、獣の数字666は当時のネロを指していることは明白。

ファイル 3033-1.png

これを根拠に再建主義の富井氏は、黙示録執筆がネロの時代、すなわちAD65年あたりとされている。この七人の王をユリウス・カイザル、アウグストス・カイザル、ティベイリス・カイザル、ガイウス・カイザル(akaカリギュラ)、クラウディウス・カイザル、ネロ・カイザル、そしてガルバ・カイザルと同定する。つまり「倒れた」5人はクラウディウス・カイザルまで、「今いる」のはネロだとするわけ。ゆえに黙示録はネロの時代(AD60年代)となり、よってその預言(19章まで)はAD70年のエルサレムの崩壊を示すとなるわけだ。ここで主イエスは再臨し、それ以降は千年期に入った。なるほど。

・・・が、よく御言葉を読んでみると、5人はすでに「倒れた」とある。Vincentはこう言っている:

Are fallen (επεσαν)
Lit., fell. Constantly used in the Septuagint of the violent fall or overthrow of kings or kingdoms. See Eze_29:5; Eze_30:6; Isa_21:9;・・・

歴史を見るとアウグストス・カイザルは倒れていない、すなわち彼は寿命をまっとうした自然死なのだ。よってこの5人には該当しない。ゆえに「倒れた」5人とは彼を除くネロまでの5人となる。彼らはいずれも暗殺か追いつめられての自殺で最期をとげている。すなわち「倒れた」のだ。これで黙示録執筆時点はネロ後となるわけなのだ。普通、エイレナイオスの証言や小アジアにおける迫害の言及などから(ネロの迫害はローマ周辺のみ)、ドミティアヌスの時代(AD95)とされている。これが「今いる」王となる。他にもヨハネがパトモス島に流された時期もポイントになる(高等批評家が言うように、黙示録がヨハネによらないとするならば話は別だが・・・。)。

しかもヨハネが黙示録を執筆した時点では獣は「昔いたが、今はいません」。やがて「底知れぬ所(アビス)から上って」くるのだ。"WAS, IS, WILL COME"はまさに主イエスのあり様であり、この獣は主イエスのイミテーションをする。アビスから上る存在と言えば、これは(ネロの)霊であろう。七番目の王はやがてきて、しばしとどまる。これがいわゆる反キリスト。彼はダニエルの70週の預言の最後の7年を統治するが、彼は致命傷を受けて、復活する。すなわち、同時に「8番目(8は復活の数字)の王」となるが、最初の7人の王のひとりでもある。彼はアビスから上ってくる666であるネロの霊を受けているのだ。そしてついにキリストの再臨により滅ぼされる。

サタンはきわめてややこしいトリックを弄していることが分かる。しかし本質は神のイミテーション。「昔いまし、今いまし、やがて来られる方」、8の数字で象徴される「死んで復活された方」を真似することしかできないのだ。

黙示録の成立がAD65年あたりならば再建主義の勝ち、AD95年あたりならば富井氏の言われるサタン的カルトであるディスペンセイション主義の勝ち。彼らと私は「ネロ=666」を共に認めるが、「倒れた5人」をどう同定するか。アビスから来る7番目でもあり、8番目でもあるあの者を誰とするか。これがカギなのだ。なかなかエキサイティングな謎解きではないだろうか?ここを(いろいろな動機をもって)訪ねて下さる読者諸賢におかれては、さて、どう解しますかな?

注:その後、富井氏は、主の再臨も新天新地も二種類ある、と書かれている・・・。うーん、だんだん・・・。また後ほど触れてみよう。再建主義の本質的誤りは、善悪を知る木の平面といのちの木の平面の区別がないこと。これは祭司制と律法の変更ともきわめて密接に関わるのだ。すでに何度も指摘したように、<モーセの律法→超民族化された律法>ではなく、<モーセの律法→いのちの御霊の法則>への転換が十字架で起こったのだ。

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