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トップ > 2014年02月05日

肉体性の回復

本日はGYMのプールで千メートルほどこなし、スパでまったりと。この寒空に露天のスパが実に気持ちイイのだ。体を温めて、冷たい風に当たるとこれがなんともいえないカイカン。これを何度か繰り返すのがサイコウの気持ち良さを産む。ここ、週に何度でもいけることは実にありがたい。

最近、シリコン回路(ICチップ)の中に人間の精神を移植する研究がマジでなされている。つまり精神活動がニューロンネットワークの電流とシナプスにおける化学伝達物質の反応によるのであれば、それをシリコン回路の中で再現すれば、私そのものがシリコン回路の中に永遠に生きることができるというドグマに基づいている。これはいわゆる養老猛司氏の「唯脳論」の立場、あるいは一元論の立場である。今、ア・プリオリにこれを認めたとして、テク的にもそれが可能だとして、あなたはそのシリコン回路の中で生存し続けることを願うだろうか?もちろん意識としてのみであり、肉体は有しないあり方となる。脱肉体化した意識としてだ。

先の再建主義批判でも触れたが、私たちの現在の肉体は確実に滅びる。私たちの希望はその死を経ても霊のいのちは永遠であり、しかも霊の体を与えられることにある。天使たちは私たちのような肉体を有してはいない。私たちはこの体から解放された後、イエスが復活後にまとっていた肉体と同じ肉体を得るのだ!それはクセもあるし、魚を食べることもできる(Luke 24:39-43)。つまり来るべき御国においても私たちはふわふわと漂う霊ではなく、実体としての肉体を有するのだ。言いたいことは何か。つまり、今のこの肉体を鍛え、栄養や睡眠を管理し、健やかな状態をメンテすることは、来るべき時代において管理することのひとつの準備でもあるのだ。主は、小さなことに忠実な者は大きなことを任せられると言われた(Matt 25:21)。カネもしかり、肉体もしかり、時間もしかり、自分の資産もしかり、家庭もしかり、仕事もしかり・・・、要するに今の経綸は次の経綸への準備と訓練の時代なのだ。

一応、誤解なきように言っておくが、私はいわゆる「正しく・きよく・貧しく」的キリスト教価値観には嫌悪を覚える。カネはたくさんあった方がいいのだ。その人の資質と能力に応じてカネは分配される。大いに格差があるべきなのだ。世の中は「かごに乗る人・担ぐ人・そのまたワラジを作る人・さらにそのまたワラを拾う人」からなるのだ。能力のある者、努力した者は大いに恩恵に与るべきであり、いわゆる結果平等などはあり得ない。さらにたっぷりとカネを得る秘訣は単純だ。まずは与えること。神の国の法則は"GIVE TO GET"であり、世の法則は"GET TO GET"だ。先にも紹介したが、学生たちに、プレミアな人生を送れ、と激を飛ばしている。30歳で最低一千万は稼げと。今の時代、自己保有の住居を得て、子供たちに最高の教育を与え、なお遊びにもカネを惜しまず使えるくらいのそこそこの生活を送るには最低一千万は必要だ。

これらの人間としてのアクテビティにおいて大きなファクターは肉体なのだ。パウロも言っている、肉体の鍛錬は多少の益があると。味覚、臭覚、視覚、聴覚、触覚、そして第六感と*1。神が備えてくださったこれらの感覚によって私たちは楽しみを得る。考えてみよ、なぜ新鮮な刺身は旨いのか、大吟醸酒は美味なのか、自然の光は美しいのか、肌をなでる風は気持ちいいのか、音楽も不協和性と協和性があるのか。神が備えて下さったからであろう。エデンの園で神はなんと言われたか、すべての木からとって思いのままに食べてよい、ただし善悪の木はダメと。アダムとエバは蛇によりその一本の木に注意を向けられた。なぜ他のすべての木を楽しまなかったのだろう。もしそれらを思いのままに楽しんでいれば、蛇の言葉に乗せられることはなかったであろう。かくして善悪を知った人類は宗教を誕生させた。御言葉をすら宗教の道具として用いるのだ。自分が今キリスト教なる宗教に束縛されているか、それともイエスが再度開いてくださったいのちを楽しんでいるか、それは私たちの心が知っている。霊・魂・体のあらゆる領域が健やかであること。これがハッピーの源泉なのだ。

愛する者よ、あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるようにと祈っています。-3John 1:2

いつもどおり-

アー・ユー・ハッピー?

*1:クリスチャンはさらに霊の感覚を有している。その楽しみはまた別に。

再建主義者富井健氏を憂慮する

最近の再建主義の富井氏に関しては、何か焦りというか、追い詰められているというか、ちょっと今までとは異なる雰囲気を感じている。ディスペンセーション主義は悪魔教的であるとすら言われる。最近の記事を読むと年齢を重ねてもなお、貧困の中で苦闘を続けておられるようだが、切羽詰った感覚を覚えるのだ。本来クリスチャンの醸す雰囲気はもっとゆったりとして、主の中で安息している感じなのだが・・・。たとえばこの言説:

tomi 2014/02/05(水) 17:31

これまでとはまったく異なる働きを開始しなければならない

(1)
地上において主の御心がならない限り、いくら教会生活が充実しているとしても何もならないと思います。
実際の世界を変えないと意味がありません。
クリスチャンが子子孫孫にわたって富を蓄積し、地上において強大な権力を持つことを神は望んでおられます。

果たしてこれが神の御心であろうか?パウロ自身、こう勧めているではないか?

物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。-Phil 4:11

食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。-1Tim 6:8

覇権主義というべきか、統治主義というべきか、支配主義というべきか、これも「今のこの時代をそのままキリストの御国にすべし」とのポストミレに立つ再建主義によるのだが、これが果たしてイエスの御心の表現であろうか?漫画に"311"が予告されており、それもイルミナティの仕業とか、ニッポンの政治もイルミナティの仕掛けとか、ちょっと大丈夫かしらん?どうもキリストが主権者であること、神が世を治めておられること、エクレシアとしての御国の拡大などについて、どこかちょっと誤解されている感じがするのだ。その「ちょっと」の齟齬がものすごい相違として現れている感じだ。いわゆるキリスト教が神のご計画から離れていることはそのとおりで、キリストはキリスト教の創始者でもなければ、教祖でもない。まして今の時代に文字通り物理的に世に君臨されるお方でもない。今の経綸は旧創造のものであり、私たちの体も自然界もすべて朽ちるものなのだ。

わたしたちはこの地上に永続する都を持っておらず来るべき都を探し求めているのです。-Heb 13:14

世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。-1John 2:17

霊のものは第二のものであり、最初のものは肉のものなのだ。死と復活を経ることなくして神の国の実現は決してあり得ない。

自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです。
・・・
最初に霊の体があったのではありません。自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。兄弟たち、わたしはこう言いたいのです。肉と血は神の国を受け継ぐことはできず、朽ちるものが朽ちないものを受け継ぐことはできません。-1Cor 15:43-50

NHK経営委員の檄文

ファイル 4115-1.jpg

この方、長谷川三千子・埼玉大学名誉教授。上品な感じの婦人だが、主張していることはかなり過激。ある種、女三島由紀夫と言うべきか。

ファイル 4115-2.jpg

神のもっとも尊い捧げものは命である、これはまことに同意。問題は誰の命?この論はイエスの十字架を否定するものなのだ。もっとも彼女の言う神とは誰かそもそも?なのだが。

このみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。-Heb 10:10

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